2026年6月15日(月)の記事アーカイブ
公開日: 2026-06-15 | 編集: 神・現代史編集部 | 運営: Elshaddai
この日の各ジャンルの起点ニュースと、そこから歴史を遡る年表の記録です。本コンテンツはAIによる自動生成を含み、編集部が運用するリンク検証工程を経て公開しています。
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政治・朝 自民党、「国旗損壊罪」法案を了承 ── 公明・維新も賛同で26年通常国会提出へ、外国旗損壊罪と同等の2年以下懲役を新設
自民党は6月1日、刑法を改正して日本国旗の損壊を罰する「国旗損壊罪」法案を了承した。所有者が自ら焼くなどして動画投稿する行為も対象。外国国旗を損壊する罪と同等の2年以下の懲役または20万円以下の罰金を科す。維新との連立合意に基づくもので、高市首相が長く意欲を示してきた立法課題。野党は表現の自由への影響を懸念しており、26年通常国会で本格議論される見通し。
出典: 日本経済新聞
遡る軸: 日本国旗をめぐる法と象徴の歴史——明治の刑法制定から令和の損壊罪まで
2026年 令和8年 自民党「国旗損壊罪」法案了承(6/1) ── 6月1日、自民党が刑法改正案を了承。外国国旗損壊罪と同水準の罰則を盛り込み、26年通常国会提出へ。
2025年 令和7年 自民・維新 連立合意に国旗損壊罪明記 ── 10月の連立合意書に「国旗損壊罪の制定」を明記。日本国旗の保護を立法課題として位置付けた。
2024年 令和6年 自民総裁選で高市が公約化 ── 高市早苗が総裁選政策集で国旗損壊罪の創設を主要公約として掲げる。後の連立合意につながる起点。
2021年 令和3年 自民有志議連が法案検討 ── 保守系議員らが国旗損壊罪の立法検討を進めるも、表現の自由との関係で慎重論があり提出に至らず。
2012年 平成24年 高市が個人発議で原案起草 ── 高市早苗が自民党野党時代に国旗損壊罪の原案を起草、議員立法を検討する。長年の宿題テーマに。
1999年 平成11年 国旗及び国歌に関する法律 制定 ── 8月、日章旗と君が代を法律で国旗・国歌と明文規定。象徴の法的位置づけが完成、罰則は伴わず。
1989年 平成元年 学習指導要領 日の丸・君が代義務化 ── 学校行事における国旗掲揚・国歌斉唱が学習指導要領に明記され指導義務に。教育現場で論争を呼ぶ。
1964年 昭和39年 東京五輪で日章旗が国際舞台に ── 東京オリンピックで戦後初の大型国際イベント。表彰台の日章旗掲揚が国民的象徴として再定着するきっかけに。
1947年 昭和22年 日本国憲法 表現の自由を保障 ── 5月3日施行の日本国憲法第21条で表現の自由を保障。国旗をめぐる立法と表現の自由との緊張関係の起点。
1907年 明治40年 刑法92条 外国国章損壊罪を規定 ── 現行刑法に外国国章損壊罪を規定。外国旗のみを保護し自国旗は対象外という構造が生まれる。
1880年 明治13年 旧刑法公布 ── ボアソナードの起草による旧刑法公布。近代刑事立法の出発点となり、後の国旗保護立法論議の土台となる。
1870年 明治3年 太政官布告で日章旗を商船国旗に ── 1月27日、太政官布告で「商船国旗」として日章旗を制定。日本の近代国旗制度の起点。
政治・昼 防災庁設置法案、衆院通過(5/19) ── 26年11月発足めざし参院審議入り、専従閣僚と他省庁への勧告権で組織再編
高市政権の主要施策として、内閣府防災担当の組織を昇格し復興庁・デジタル庁と同格の「防災庁」を新設。専従閣僚を置き、他省庁への勧告権を持つ。5月19日衆院本会議で可決、参院審議を経て11月発足めざす。能登半島地震を受けた防災行政の抜本強化が背景。
出典: 日本経済新聞
遡る軸: 日本の防災行政の歩み—明治期内務省から令和の防災庁新設まで
政治・夜 中東情勢対応の補正予算3兆円規模、衆参本会議で審議入り──高市首相が趣旨説明、電気・ガス代支援と「中東情勢等対応予備費」創設へ
政府が中東情勢を踏まえて編成した2026年度補正予算案が6月3日、衆参両院の本会議で審議入りした。総額3兆円規模で、7-9月の電気・ガス料金支援(標準家庭5000円程度)、ガソリン補助金継続、「中東情勢等対応予備費」2.5兆円が柱。野党は財政規律と効果を質した。
出典: NHKニュース
遡る軸: 日本の補正予算と国会審議の歴史
2026年 令和8年 中東対応3兆円補正予算が衆参本会議で審議入り ── 高市首相が趣旨説明。電気・ガス料金支援と「中東情勢等対応予備費」2.5兆円を計上。前年度特例公債の未発行分で市中発行総額を抑制する工夫を盛り込んだ。
2025年 令和7年 高市内閣、21.3兆円の総合経済対策を決定 ── 物価高対策と賃上げ支援を柱に大型の経済対策と補正予算を編成。「積極財政」路線を鮮明にし、政権発足後初の本格的な財政出動となった。
2024年 令和6年 岸田政権、13.9兆円の総合経済対策補正 ── 所得税減税の延長と低所得世帯給付を柱とする補正予算が成立。物価高対策が中心テーマとなった。
2023年 令和5年 岸田政権、13.1兆円の物価高対策補正 ── 電気・ガス・ガソリン補助の延長を含む総合経済対策を補正で裏付け。エネルギー価格高騰への対応が主軸となった。
2022年 令和4年 ウクライナ侵攻対応の29兆円補正予算 ── ロシアのウクライナ侵攻に伴うエネルギー・食料価格高騰に対応する大型補正。電気・ガス料金の負担緩和事業が始まった。
2021年 令和3年 岸田政権発足直後の36兆円補正予算 ── コロナ禍からの経済回復を狙う過去最大級の補正。18歳以下への10万円相当給付などが盛り込まれた。
2020年 令和2年 コロナ禍で3次にわたる総額73兆円の補正 ── 1次補正で全国民一律10万円給付、2次・3次補正で雇用調整助成金拡充など、戦後最大規模の歳出追加となった。
2011年 平成23年 東日本大震災復興のための4次補正 ── 震災発生年に1次〜4次計約20兆円の補正予算を編成。復興債の発行と復興特別税の創設を伴う異例の規模となった。
2009年 平成21年 麻生内閣、15.4兆円の過去最大補正 ── リーマン・ショック後の景気対策として当時過去最大の補正を編成。定額給付金やエコカー補助金が国民に直接届いた。
1998年 平成10年 小渕内閣、総額40兆円超の景気対策補正 ── 金融危機下で地域振興券配布や減税を含む大型補正を連発。「世界一の借金王」と自嘲しながら積極財政に踏み切った。
1993年 平成5年 細川連立内閣、15.2兆円の総合経済対策 ── バブル崩壊後の景気下支えのため大型補正を編成。公共投資中心の総合経済対策が定着し始めた時期となる。
1987年 昭和62年 中曽根内閣、6兆円緊急経済対策の補正 ── 円高不況対応として大規模な公共事業積み増しを補正で実施。内需主導型経済への転換を促す財政出動となった。
1979年 昭和54年 第2次オイルショック対応の補正予算 ── イラン革命に伴う原油価格急騰を受け、省エネ対策と物価対策を含む補正を編成。エネルギー安全保障が政策課題化した。
1973年 昭和48年 第1次オイルショックと「狂乱物価」対応補正 ── 第四次中東戦争を契機とした原油価格4倍化で物価が23%上昇。田中内閣は緊急の物価対策補正で生活必需品確保に動いた。
1947年 昭和22年 日本国憲法第60条、予算先議権を衆議院に ── 新憲法施行で予算は衆議院に先に提出する原則が確立。参議院が異なる議決をしても衆議院の議決が30日後に優先する仕組みとなった。
1890年 明治23年 帝国議会開設、初の予算審議が始まる ── 大日本帝国憲法下で帝国議会が開設され、衆議院・貴族院による予算審議が制度化された。明治政府の歳出が議会の協賛対象となった。
経済・朝 日経平均、6/2終値で200円安の6万6,734円 ── ドル円は159円台後半で円安基調続く、米金利と日銀政策の綱引き続く
6月2日の東京株式市場で日経平均株価は前日比200円09銭安の6万6,734円24銭で取引を終えた。TOPIXも16.46ポイント安の3,924.24と続落。外国為替市場ではドル円が1ドル=159.70円前後で推移し、円安基調が続いている。米国の金利動向と日銀の追加利上げ観測がせめぎ合う展開となっており、月初の取引日として方向感を探る一日となった。
出典: LIMO
遡る軸: ドル円相場と日本の通貨制度の歴史——明治の新貨条例から令和の160円台まで
2026年 令和8年 ドル円159円台で推移(6/2) ── 6月2日、ドル円は159.70円前後。日米金利差と日銀政策をにらみ円安基調が続く展開に。
2024年 令和6年 ドル円161円台 ── 1986年以来の円安水準 ── 7月、ドル円が1ドル=161円台と1986年以来の円安水準を記録。財務省が為替介入を実施。
2022年 令和4年 24年ぶりのドル売り円買い介入 ── 9月22日、政府・日銀が24年ぶりにドル売り円買いの為替介入を実施。一時的に円高に振れる。
2011年 平成23年 戦後最高値75円32銭(10/31) ── 10月31日、ドル円が史上最高値75円32銭を記録。直後にG7協調介入で円高を抑制する展開に。
2008年 平成20年 リーマン・ショックで急激な円高 ── 9月、世界金融危機を受けて円が安全通貨として買われ、ドル円は110円台から急落、年末には90円台へ。
1995年 平成7年 ドル円79円75銭の戦後最高値(当時) ── 4月19日、ドル円が当時の戦後最高値79円75銭を記録。輸出企業の業績を直撃した。
1985年 昭和60年 プラザ合意 ── 9月22日、ニューヨークでG5蔵相会議によりドル高是正に合意。ドル円は1年で240円→150円台へ急落。
1973年 昭和48年 変動相場制へ移行 ── 2月14日、日本が固定相場制を廃止し変動相場制へ移行。ドル円相場が市場で決定される時代へ。
1971年 昭和46年 ニクソン・ショック ── 8月15日、米国が金とドルの兌換停止を宣言。ブレトン・ウッズ体制が崩壊し、円は1ドル=308円のスミソニアン体制に再設定。
1949年 昭和24年 1ドル=360円の固定相場 ── ドッジ・ライン ── 4月25日、GHQ財務顧問ドッジが「1ドル=360円」の単一固定為替レートを設定。戦後復興期の通貨秩序が確立。
1897年 明治30年 貨幣法で金本位制確立 ── 日清戦争の賠償金を準備金として金本位制を導入。1円=金0.75gで国際通貨秩序に参入。
1871年 明治4年 新貨条例 ── 円の誕生 ── 5月10日、新貨条例公布。「円」を通貨単位とし、1ドル=1円相当の交換比率で出発した。日本円の起点。
経済・昼 トヨタ自動車、2026年3月期 営業益3兆7,662億円(▲21.5%)・売上50兆円超 ── 米関税1.38兆円影響を吸収、設備投資2.3兆円維持
5月8日発表、売上高50兆6,849億円(+5.5%)、営業益3兆7,662億円(▲21.5%)、関税影響1兆3,800億円。電動車両(HEV+BEV)が初の年間500万台超え。研究開発1.6兆円・設備投資2.3兆円を維持。佐藤恒治社長の覚悟が問われる踏ん張りどころ。
出典: Car Watch
遡る軸: トヨタ自動車の歩み—明治期豊田佐吉の自動織機から令和の電動車500万台超まで
経済・夜 日銀6月利上げ論強まる、政権は静観姿勢…物価高・円安リスクで15-16日会合が分岐点
日銀内で15-16日の金融政策決定会合での追加利上げを訴える声が強まっている。原油高による景気下振れ懸念が和らぐ一方、円安と物価加速のリスクが拡大。市場の織り込みは60%台後半、現行0.75%から1.0%への引き上げが焦点となる。高市政権は表立った反対をせず静観。
出典: 日本経済新聞
遡る軸: 日本銀行と政策金利の歴史
2026年 令和8年 6月会合で1.0%利上げ論強まる ── 15-16日の金融政策決定会合で0.75%→1.0%への利上げを議論。市場織り込み60%台後半、原油高・円安・物価加速がリスク要因。
2026年 令和8年 4月会合で0.75%据え置き ── 中東情勢の不透明感を理由に政策金利を0.75%で据え置き。次回会合での利上げに含み。
2025年 令和7年 12月会合で0.75%へ利上げ ── 12/19の決定会合で0.75%へ追加利上げ。30年ぶりの水準、全員一致で決定。長期金利は2%台へ。
2025年 令和7年 1月利上げ 0.5%へ ── 1月会合で0.25%→0.5%へ追加利上げ。デフレ脱却シナリオ進展で正常化加速。
2024年 令和6年 7月利上げ 0.25%へ ── 7月会合で0.25%へ。短期国債買入減額計画も発表、量的引き締めへ。
2024年 令和6年 マイナス金利解除 ── 3/19の決定会合でマイナス金利政策を解除。YCC撤廃。17年ぶりの利上げで0~0.1%へ。
2023年 令和5年 植田和男 第32代総裁就任 ── 4/9に黒田東彦の後任として就任。学者出身、MIT経済学Ph.D。正常化への舵取り役。
2016年 平成28年 マイナス金利政策導入 ── 1/29に日銀当座預金の一部に▲0.1%を適用。デフレ脱却の決定打を狙うも円高・株安で逆効果。
2013年 平成25年 異次元緩和(QQE)開始 ── 黒田東彦総裁就任、2%物価目標を2年で達成すると宣言。マネタリーベース2倍化へ。
2001年 平成13年 量的緩和政策 開始 ── 世界初の量的緩和。日銀当座預金残高を操作目標化、4兆円→30〜35兆円規模へ拡大。
1999年 平成11年 ゼロ金利政策 導入 ── 速水優総裁下で無担保コール翌日物を実質ゼロ%へ。「デフレ懸念払拭まで継続」発表。
1985年 昭和60年 プラザ合意・円高不況 ── G5でドル高是正合意。1年で1ドル240円→150円台へ急騰、その後の低金利政策がバブルの遠因に。
1973年 昭和48年 変動相場制移行 ── ニクソンショック後、円が固定相場制(360円)から変動相場制へ。日銀の為替・金利政策が転機を迎える。
1942年 昭和17年 旧日本銀行法 制定 ── 戦時下で日銀法制定、国策遂行機関化。戦後1949年に政策委員会設置で形式上独立。
1882年 明治15年 日本銀行 開業 ── 10/10開業。松方デフレ下、不換紙幣回収と銀本位制確立のため設立。初代総裁は吉原重俊。
スポーツ・朝 大谷翔平、対ダイヤモンドバックス戦で4打数3安打もドジャースは1-4で敗戦 ── 6/2(日本時間)チェイスフィールドで連勝ストップ
日本時間6月2日(月)、ロサンゼルス・ドジャースは敵地フェニックスでアリゾナ・ダイヤモンドバックスと対戦し、1-4で敗れた。大谷翔平は1番DHで出場し4打数3安打と猛打を見せたが、本塁打は出ず、打線全体が活発化せずチームは敗戦。打撃好調を維持する大谷個人の状態とは別に、長打不足が浮き彫りになる展開となった。本拠地に戻る次戦以降の立て直しが焦点。
出典: Goal.com 日本
遡る軸: アリゾナ・ダイヤモンドバックスの歩み——1998年創設から拡張球団最速のワールドシリーズ制覇まで
スポーツ・昼 大谷翔平、6/3 ダイヤモンドバックス戦に1番DH出場 ── 翌日6/4 はドジャース本拠地で先発登板予定、二刀流ローテーション継続
日本時間6月3日10時40分、敵地チェイスフィールドで第3戦、大谷は1番・DH。翌4日(日本時間5日朝)はドジャー・スタジアムで先発のマウンドに立つプラン。チームは6/2に4-1で連勝ストップ、本拠地に戻る前に勢いを取り戻したい一戦。
出典: サカノワ
遡る軸: 近代野球の二刀流選手の歴史—19世紀の近代野球確立から令和の大谷翔平まで
スポーツ・夜 巨人ジャクソン7回好投、神宮でヤクルトに5-0完勝──借金返済モードへ、交流戦前の貯金作りに弾み
6月3日、神宮球場で行われたセ・リーグ公式戦は読売ジャイアンツが東京ヤクルトスワローズを5-0で下した。先発ジャクソンが好投で勝ち投手、敗戦投手はヤクルト松本健吾。巨人は交流戦前の貯金作りに弾みをつけた。
出典: NPB.jp 日本野球機構
遡る軸: 読売ジャイアンツの歴史
2026年 令和8年 神宮でヤクルトに5-0完勝 ── 6月3日、ジャクソンが好投。借金返済モードへ。
2024年 令和6年 セ・リーグ優勝(4年ぶり) ── 阿部慎之助監督1年目で38度目のリーグ優勝。
2023年 令和5年 原辰徳監督退任 ── 通算3期17年の長期政権が幕。後任に阿部慎之助。
2020年 令和2年 2年連続セ・リーグ優勝 ── コロナ禍で短縮シーズン、原監督下で連覇。
2012年 平成24年 日本一(22度目) ── 原監督2期目、日本シリーズで日本ハムを破る。
2009年 平成21年 7年ぶり日本一 ── 原監督下、日本シリーズで日本ハムを4勝2敗で下す。
2002年 平成14年 原辰徳監督1年目で日本一 ── 長嶋茂雄の後任として就任した原監督が即日本一。
2000年 平成12年 ON対決日本シリーズ制覇 ── 長嶋巨人がダイエー王監督と対戦し4勝2敗で日本一。
1994年 平成6年 10.8決戦・長嶋巨人V ── 中日との最終戦同率首位対決を制してリーグ優勝、日本一。
1989年 平成元年 藤田元司監督で日本一 ── 近鉄を3連敗から4連勝で逆転、平成最初の日本一。
1981年 昭和56年 藤田監督1年目で日本一 ── 長嶋退任後の再建途上で日本シリーズ制覇。
1974年 昭和49年 V9途絶・長嶋現役引退 ── 9連覇を中日に阻まれ、長嶋茂雄が現役を引退。「我が巨人軍は永久に不滅です」。
1973年 昭和48年 V9達成 ── 川上哲治監督下で前人未踏のリーグ9連覇・日本一9連覇を完成。
1965年 昭和40年 V9開始 ── 川上監督下、ON砲を中心とした黄金時代が始まる。
1959年 昭和34年 天覧試合・長嶋サヨナラ本塁打 ── 昭和天皇皇后両陛下臨席の阪神戦で長嶋茂雄が村山実から決勝ホームラン。
1958年 昭和33年 長嶋茂雄入団 ── 立教大学のスター長嶋が巨人入り、デビュー戦は金田正一に4打席4三振。
1951年 昭和26年 水原監督下で日本一 ── 戦後初の日本一、巨人黄金期の幕開け。
1950年 昭和25年 セ・パ2リーグ制発足 ── 巨人はセ・リーグに所属、プロ野球新時代へ。
1936年 昭和11年 日本職業野球連盟発足・巨人参戦 ── 日本初のプロ野球リーグ戦に大日本東京野球倶楽部として参加。
1934年 昭和9年 大日本東京野球倶楽部 創設 ── 正力松太郎が読売新聞社主導で日本初の職業野球チームを設立、後の読売ジャイアンツの前身。
遡る軸: 東京ヤクルトスワローズと神宮球場の歴史
2026年 令和8年 神宮で巨人に0-5完敗 ── 6月3日、松本健吾が打ち込まれ完封負け。借金生活へ。
2022年 令和4年 村上宗隆 56号本塁打 ── 王貞治の55号を55年ぶりに更新する日本人最多シーズン本塁打記録。
2021年 令和3年 20年ぶり日本一 ── 高津臣吾監督下、オリックスとの日本シリーズを4勝2敗で制覇。
2015年 平成27年 14年ぶりリーグ優勝 ── 真中満監督1年目で優勝、トリプルスリーの山田哲人が活躍。
2001年 平成13年 若松勉監督で日本一 ── 近鉄との日本シリーズを4勝1敗で制覇。
1997年 平成9年 野村ID野球で日本一 ── 野村克也監督下、西武との日本シリーズを4勝1敗で制覇。
1995年 平成7年 野村ヤクルト連覇・日本一 ── オリックスとの日本シリーズを4勝1敗で制覇。
1993年 平成5年 14年ぶり日本一 ── 野村監督下、西武との日本シリーズを4勝3敗で制覇。
1990年 平成2年 野村克也監督就任 ── ID野球を掲げ低迷ヤクルトを再建、後の黄金時代の礎を築く。
1978年 昭和53年 広岡ヤクルト初の日本一 ── 広岡達朗監督下、阪急との日本シリーズを4勝3敗で制覇。
1974年 昭和49年 ヤクルトスワローズに改称 ── サンケイアトムズからヤクルトスワローズへ。神宮を本拠地化。
1969年 昭和44年 アトムズ命名 ── 産経新聞傘下となり手塚治虫の鉄腕アトムにちなんでサンケイアトムズに。
1965年 昭和40年 サンケイスワローズ誕生 ── 産経新聞社が国鉄から球団を譲り受け、本社へ。
1950年 昭和25年 国鉄スワローズ創設 ── セ・リーグ発足に合わせ日本国有鉄道が球団を創設、後身が現ヤクルト。
1926年 大正15年 明治神宮野球場 開場 ── 明治神宮外苑に学生野球の聖地として竣工、後に巨人・ヤクルトの本拠地に。
1920年 大正9年 明治神宮 鎮座 ── 明治天皇と昭憲皇太后を祀る神社として創建、外苑造営計画の中で球場が構想される。
ゲーム・朝 『リズム天国 ミラクルスターズ』Nintendo Switch 2/Switch 向け7月2日発売決定 ── 13年ぶりのシリーズ完全新作、つんく♂続投プロデュースで予約受付開始
任天堂は『リズム天国 ミラクルスターズ』を2026年7月2日(木)に発売する。Wii『みんなのリズム天国』(2011年)以来、約13年ぶりのシリーズ完全新作で、Nintendo Switch と Nintendo Switch 2 の両方でプレイ可能。プロデューサーはシリーズ生みの親であるつんく♂と任天堂の坂本賀勇が引き続き担当し、つんく♂による新規楽曲も多数収録される。GBA初代『リズム天国』(2006年)から続く独特のリズムアクションが帰還する。
出典: 任天堂 公式サイト
遡る軸: リズム天国シリーズの歩み——2006年つんく♂企画書からSwitch 2世代へ
ゲーム・昼 『ファイナルファンタジーVII リバース』Nintendo Switch 2 /Xbox Series X|S /Windows版、本日6/3発売 ── 2024年PS5独占から1年3ヶ月でマルチ展開
スクウェア・エニックスは『FF7 リバース』のSwitch 2/Xbox/Windows版を2026年6月3日(水)発売。FF7リメイクプロジェクト第2弾、グランドキャニオン以降のミッドゲームを描く。Switch 2版は6,578円(税込)・Digital Deluxe 8,201円、容量約102GB。早期DL購入で6/10まで20%OFF。Switch 2ローンチ年最大級のJRPG。
出典: スクウェア・エニックス公式
遡る軸: 『ファイナルファンタジーVII』シリーズ30年の歩み
ゲーム・夜 PlayStation State of Play で『God of War: Laufey』電撃発表──クレイトス退場、妻フェイが冥界「Everywhen」で主役に
6/2(米時間)放送の State of Play で Santa Monica Studio がシリーズ次回作『God of War: Laufey』を世界初公開。クレイトスの妻フェイ(=ロキの母ラウフェイ)が自身の葬儀後の冥界「Everywhen」で覚醒、神々を斬り進む二段ジャンプ標準のスタイリッシュアクションに刷新。PS5 独占で発売日未定。
出典: PlayStation.Blog
遡る軸: God of War シリーズ史
2026年 令和8年 God of War: Laufey 発表 ── State of Play で公開。クレイトスの妻フェイが主役、冥界 Everywhen が舞台。PS5 独占、発売日未定。
2022年 令和4年 God of War Ragnarök 発売 ── PS4/PS5 同時発売、ラグナロクを描く北欧編完結作。Game Awards で複数受賞。
2018年 平成30年 God of War(2018)発売 ── シリーズを北欧神話に大転換、TGA 2018 GOTY 受賞。クレイトスと息子アトレウスの旅。
2013年 平成25年 God of War: Ascension 発売 ── PS3 向け前日譚、シリーズ初のオンライン対戦を実装。
2010年 平成22年 God of War III 発売 ── PS3、オリンポス十二神編の完結作。クレイトスがゼウスを討つ。
2010年 平成22年 God of War: Ghost of Sparta 発売 ── PSP 第2弾、クレイトスと弟デイモスの物語。
2008年 平成20年 God of War: Chains of Olympus 発売 ── PSP 初のシリーズ作、Ready at Dawn が開発。
2007年 平成19年 God of War II 発売 ── PS2 末期の集大成、オリンポスへの復讐譚開幕。
2005年 平成17年 God of War 発売 ── PS2、David Jaffe ディレクターによるシリーズ第1作。残虐なギリシャ神話アクションが評価。
遡る軸: ソニー Santa Monica Studio の歴史
2026年 令和8年 God of War: Laufey 制作発表 ── スタジオ次回作、Cory Barlog 退任後の新世代体制で開発。
2022年 令和4年 God of War Ragnarök で再びGOTY争い ── TGA 2022 で最多ノミネート、Best Narrative など受賞。
2019年 令和元年 Cory Barlog がクリエイティブ・ディレクターを継続 ── 2018 リブートの成功でスタジオの代表的存在に。
2018年 平成30年 God of War(2018)で TGA GOTY ── シリーズ刷新が成功、スタジオの評価が頂点に。
2017年 平成29年 新規IPプロジェクト中止 ── Stig Asmussen 率いる SF アクション企画が中止、Asmussen 退社して Respawn へ。
2012年 平成24年 Journey をパブリッシュ ── thatgamecompany 開発、SCE Santa Monica が外部支援。TGA GOTY 受賞。
2010年 平成22年 God of War III で PS3 を牽引 ── PS3 独占の看板タイトル、スタジオ規模を拡大。
2007年 平成19年 flOw など外部インディー支援開始 ── thatgamecompany と提携、PSN タイトルをプロデュース。
2005年 平成17年 God of War で名を上げる ── David Jaffe 主導のデビュー大作が大ヒット、スタジオの代表作に。
1999年 平成11年 SCEA Santa Monica Studio 設立 ── ソニー・コンピュータエンタテインメント・アメリカ傘下の内製スタジオとしてカリフォルニア州サンタモニカに設立。Kinetica などを開発。
エンタメ・朝 俳優・渡辺裕太、6/1付でホリプロ移籍 ── 14年所属したオンリーユーを退所、母・榊原郁恵と同じ事務所へ「これまでのご縁を大切にしながら」
俳優の渡辺裕太(1989年3月28日生まれ・37歳)が、2026年5月末で14年所属していた事務所オンリーユーを退所し、6月1日付でホリプロに所属することをスポーツ報知・ENCOUNT 等が2026年6月1日に報じた。渡辺は2022年に64歳で亡くなった俳優・渡辺徹と、女優・タレントの榊原郁恵の長男。母・榊原はホリプロ所属で、母と同じ事務所での親子所属となる。本人は「新しい環境でも、これまでのご縁を大切にしながら、より精進してまいります」とコメント。舞台中心の俳優活動に加えて、日本テレビ「news every.」中継リポーターとしてもレギュラー出演中。野菜ソムリエ資格も保有する。
出典: Yahoo!ニュース(スポーツ報知)
遡る軸: 渡辺裕太の歩み — 二世俳優としての歩み
遡る軸: ホリプロダクション65年史 — 戦後日本の大型芸能事務所
エンタメ・昼 アミューズ×STARSHIPの大型プロジェクト「AEN」(エイエン)始動 ── 7人組ボーイズグループ、6/27 SGCホール有明で初お披露目、日韓3:4構成
6月1日発表、日本の大手アミューズ(サザンオールスターズ・Perfume・星野源所属)と韓国STARSHIP ENTERTAINMENT(MONSTA X・IVE所属)が共同マネジメントする7人組ボーイズグループ「AEN」(エイエン)が始動。日本人3名・韓国人4名構成、STARSHIPの2025年トレーニー番組「Debut's Plan」出身者中心。6月27日にSGCホール有明で初お披露目ショーケース、3,000人無料招待+ハイタッチ会開催。日韓共同マネジメントの新時代を象徴する。
出典: アミューズ公式
遡る軸: 株式会社アミューズの歩み—1978年設立から令和の日韓共同マネジメントまで
遡る軸: 日韓共同マネジメントアイドル/グループの歴史—2000年代「韓流」前史から令和のAEN/IVE/JO1まで
エンタメ・夜 『スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー』日本2週連続1位、興収15億円突破──グローグー旋風で新規ファン急増
5月22日公開のスター・ウォーズ最新作『マンダロリアン・アンド・グローグー』が、5月29〜31日週末で動員24.3万人・興収4.25億円を記録し2週連続首位。累計89.1万人・15.1億円突破、全世界興収は約392億円に達した。
出典: 映画.com
遡る軸: スター・ウォーズ実写映画の歴史
2026年 令和8年 マンダロリアン・アンド・グローグー ── 配信ドラマ『マンダロリアン』の劇場版。ジョン・ファヴロー監督、5月22日公開で日本2週連続首位。
2019年 令和元年 スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け ── J.J.エイブラムス監督。続三部作の完結編で、スカイウォーカー・サーガの締めくくり。
2019年 令和元年 『マンダロリアン』配信開始 ── Disney+で配信開始の実写ドラマ。グローグー(ベビー・ヨーダ)が世界的ブームに。
2018年 平成30年 ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー ── 若き日のハン・ソロを描いたスピンオフ。ロン・ハワード監督。
2017年 平成29年 スター・ウォーズ/最後のジェダイ ── ライアン・ジョンソン監督。続三部作の第2作。
2016年 平成28年 ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー ── デス・スター設計図奪取を描いた初の番外編。
2015年 平成27年 スター・ウォーズ/フォースの覚醒 ── ディズニー買収後の第1作。J.J.エイブラムス監督、全世界興収20億ドル超。
2012年 平成24年 ディズニーがルーカスフィルムを買収 ── 40.6億ドルでの買収。続三部作とスピンオフ群の量産体制が確立。
2005年 平成17年 スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐 ── プリクエル三部作の完結編。アナキンがダース・ベイダーへ堕ちる。
2002年 平成14年 エピソード2/クローンの攻撃 ── プリクエル三部作第2作。クローン戦争の勃発を描く。
1999年 平成11年 エピソード1/ファントム・メナス ── 16年ぶりの新作にして三部作の始まり。世界興収10億ドル突破。
1983年 昭和58年 ジェダイの帰還 ── 当初の三部作の完結編。皇帝とダース・ベイダーの最期を描く。
1980年 昭和55年 帝国の逆襲 ── シリーズの最高傑作とも評される第2作。「私はお前の父だ」の衝撃。
1977年 昭和52年 スター・ウォーズ(エピソード4/新たなる希望) ── ジョージ・ルーカス監督、全世界興収7.75億ドルで映画産業を変えた金字塔。
遡る軸: ウォルト・ディズニー社と日本興行
2026年 令和8年 マンダロリアン・アンド・グローグー日本2週連続1位 ── ルーカスフィルム製作・ディズニー配給の劇場版が日本で大ヒット中。
2024年 令和6年 インサイド・ヘッド2 ── ピクサー製作の続編が全世界興収17億ドル超でアニメ史上最高クラスに。
2023年 令和5年 ディズニー創立100周年 ── 記念作『ウィッシュ』公開。同年に株主提案でのアクティビスト圧力も。
2022年 令和4年 ボブ・アイガーCEO復帰 ── 前任チャペックの解任を受け、引退から1年で復帰。
2020年 令和2年 Disney+日本上陸 ── 6月にディズニーデラックスから移行する形で国内サービス開始。
2019年 令和元年 21世紀フォックス買収完了 ── 713億ドルでの巨大買収。X-MEN等のIPがディズニー傘下に。
2019年 令和元年 アナと雪の女王2 ── 日本興収133.7億円、邦画洋画通じて歴代上位の大ヒット。
2014年 平成26年 アナと雪の女王 日本公開 ── 日本興収254.8億円、邦画洋画通じて当時歴代3位の社会現象。
2012年 平成24年 ルーカスフィルム買収 ── スター・ウォーズ/インディ・ジョーンズの権利を獲得。
2009年 平成21年 マーベル・エンターテインメント買収 ── 40億ドルで買収、後のMCU量産体制の礎に。
2006年 平成18年 ピクサー買収 ── 74億ドルでの買収。ジョン・ラセターらディズニー本体の創作も再生。
1983年 昭和58年 東京ディズニーランド開園 ── 米国外初のディズニーランド。日本でのディズニーブランド浸透を決定づける。
1955年 昭和30年 ディズニーランド開園(カリフォルニア) ── 世界初のテーマパーク開園。
1937年 昭和12年 白雪姫 ── 世界初の長編カラーアニメーション映画。日本公開は戦後1950年。
1928年 昭和3年 蒸気船ウィリー ── ミッキーマウス初の音声付き短編。世界的なディズニー帝国の始点。
1923年 大正12年 ディズニー・ブラザーズ・スタジオ設立 ── ウォルト・ディズニーと兄ロイがハリウッドで創業。後のウォルト・ディズニー・カンパニーへ。
インフルエンサー・朝 ホロライブ初公式スマホゲーム『hololive Dreams』全世界で事前登録100万人突破 ── 5/29 カバー&QualiArts 発表、リズム&RPG・初期収録150曲超、新エリア「ゲーム&カジノ」も解禁
カバー株式会社と QualiArts は2026年5月29日、共同開発中の「ホロライブ」初の公式スマホゲーム『hololive Dreams』(略称・ホロドリ)が全世界で事前登録数100万人を突破したと発表した。3月6日に幕張メッセで開催された「hololive SUPER EXPO 2026」で事前登録を開始してから2か月強での到達。タレント54名全員分のドットサングラスを記念配布、10万人ごとに「ホロドリガチャチケット」を追加配布する。ゲームはリズムを中心に据えたテーマパーク型 RPG で、初期収録曲は150曲以上、各タレントにソロ2曲ずつが用意され、譜面作成機能やライブ映像連動譜面なども実装される予定。同日、新エリア「ゲーム&カジノ」の存在も明らかにされた。
出典: PR TIMES — カバー株式会社
遡る軸: VTuber 公式モバイルゲームの系譜
インフルエンサー・昼 ヒカル(YouTuber)、X投稿で「YouTubeを本業として見据えるのは推奨しない」── 同時期参入の有名YouTuberが続々消える現状に警鐘、J-CAST・チバテレ等が記事化
ヒカル(本名・前田圭太、34歳)が5月6日のX投稿で「今の時代にYouTubeを本業として見据えるのはあまりおすすめしない」と発信、同時期参入の有名YouTuberが解散・引退・離婚で「どんどんと消えていく」と業界の苦境を率直に語った。5月4日には三崎優太のYouTubeでカジサックと対談、芸人のYouTuberいじりを「お前ら全然大したことねぇだろ」と痛烈批判。YouTube業界10年目の象徴的存在の発言として大きな反響。
出典: Yahoo!ニュース(J-CASTニュース)
遡る軸: ヒカル(YouTuber)の歩み
遡る軸: 日本YouTuberの商業化・事業化史
2026年 令和8年 ヒカル「YouTube本業勧めない」論が業界共鳴 ── 5/6のヒカル発言を機に、本業を別に持ちYouTubeをサブとする「兼業YouTuber」モデルの是非が業界内で論じられる。
2024年 令和6年 AI生成動画の台頭で個人YouTuber再編 ── AI動画・ショート動画の量産化で、長尺企画系個人YouTuberの相対的地位が低下、事業化・法人化が一段と進む。
2023年 令和5年 UUUM上場廃止・MBOへ ── 日本最大手YouTuber事務所UUUMが赤字決算を経てフリークアウトHDによる買収・上場廃止へ、業界構造の転換点に。
2020年 令和2年 コロナ禍でYouTube視聴が爆発的増加 ── 巣ごもり需要で再生数・広告需要が急増、芸能人・有名人の参入も相次ぎYouTuberとTV芸能の境界が曖昧化。
2019年 令和元年 YouTuber発D2Cブランドが本格化(ReZARD等) ── ヒカルのReZARDをはじめ、YouTuberが自身のフォロワー基盤を活かしD2Cアパレル・コスメを展開する流れが定着。
2018年 平成30年 にじさんじ設立・VTuber事務所時代へ ── いちから(現ANYCOLOR)が「にじさんじ」プロジェクトを開始、生身YouTuberとは別軸のVTuber事業化が加速。
2017年 平成29年 VALU騒動・YouTuber規制議論 ── ヒカルら有名YouTuberを巻き込んだ仮想株サービス「VALU」騒動、収益化ガイドライン厳格化(YouTubeパートナープログラム要件強化)の動きと重なる。
2016年 平成28年 キズナアイ登場・VTuber黎明 ── 世界初の「バーチャルYouTuber」を自称するキズナアイがデビュー、後の一大ジャンルの起点となる。
2013年 平成25年 UUUM設立(HIKAKINら) ── HIKAKINと鎌田和樹が共同創業、企業との取引・契約代行を担うYouTuber専門事務所として日本のYouTuber商業化の礎を築く。
2007年 平成19年 ニコニコ動画(RC)正式版公開 ── ドワンゴが「ニコニコ動画」を正式公開、コメント弾幕文化と「歌ってみた」「ゲーム実況」の母体となり、後のYouTuber文化と双子の関係を築く。
2006年 平成18年 HIKAKINがYouTubeチャンネル開設 ── 高校時代のHIKAKINが12月にチャンネルを開設、ビートボックス動画から後の「日本のYouTuber第一人者」への道を歩み始める。
2005年 平成17年 YouTube創業(米サンマテオ) ── チャド・ハーリー、スティーブ・チェン、ジョード・カリムにより動画共有サービスYouTubeが創業、世界中の個人発信の基盤となる。
インフルエンサー・夜 葛葉「Bloody Alexandrite」Kアリーナ横浜ワンマンライブ、グッズ事前販売を6/3 18時開始──男性VTuber初の200万人到達者、深紅の吸血鬼ついに横浜へ
にじさんじ所属VTuber葛葉のソロライブ「Bloody Alexandrite」が10/12 Kアリーナ横浜で開催。先行してオフィシャルストアで6/3 18時よりペンライト・Tシャツ等15種のグッズ事前販売がスタート。男性VTuber初のYouTube200万人到達者として知られる葛葉、初のアリーナ級ワンマンに業界が注目。
出典: PR TIMES / ANYCOLOR
遡る軸: 葛葉の歩み — 個人勢デビューから男性VTuber最高峰へ
2026年 令和8年 「Bloody Alexandrite」Kアリーナ横浜ワンマン発表 ── 10/12開催の単独ライブと先行グッズ販売を告知。男性VTuber屈指の動員規模に。
2025年 令和7年 シンガー活動本格化 ── Virgin Music Label & Artist Services 傘下で楽曲リリースを継続。
2023年 令和5年 にじさんじ甲子園・連覇級の存在感 ── 監督として人気企画を牽引、コラボ配信のハブに。
2022年 令和4年 YouTube登録200万人突破(男性VTuber初) ── 日本の男性バーチャルライバーとして初の到達。
2021年 令和3年 にじさんじスマブラ杯・FPS黄金期 ── APEX/VALORANT 配信で個人勢時代からのゲーマー色を強化。
2020年 令和2年 1stシングル「Mr.VIRTUALIZER」リリース ── 音楽活動を開始、配信外の表現領域を拡張。
2019年 令和元年 ChroNoiR(叶とのユニット)精力始動 ── にじさんじ屈指の人気男性ユニットとして定着。
2018年 平成30年 にじさんじゲーマーズに加入(7月) ── ICHIKARA(現ANYCOLOR)初の外部スカウト枠としてデビュー。
2018年 平成30年 個人勢VTuberとしてデビュー(3月) ── 吸血鬼ニートゲーマーのキャラ設定で活動開始。
遡る軸: にじさんじ/ANYCOLOR — 日本発バーチャルライバー事務所の軌跡
2026年 令和8年 葛葉ソロライブをKアリーナ横浜で開催決定 ── 所属タレントの単独大型ライブが続き、リアル動員を強化。
2026年 令和8年 にじさんじフェス2026を幕張メッセで開催 ── 5/16-17に最大級のオフラインイベントを実施。
2025年 令和7年 海外ブランチ再編とアジア展開強化 ── NIJISANJI EN/ID等、グローバル展開を継続。
2022年 令和4年 ANYCOLOR 東証グロース市場に上場 ── VTuber事務所として初の株式公開、初値が公開価格の2倍以上に。
2021年 令和3年 社名をいちから→ANYCOLORへ変更 ── バーチャルライバー事業をコアに据えた本格再ブランディング。
2020年 令和2年 にじさんじスマブラ杯・甲子園など名物企画確立 ── 所属ライバー総出のお祭り企画が文化として定着。
2019年 令和元年 にじさんじEN(英語圏)展開を準備 ── グローバル化と多言語ブランチ構想がスタート。
2018年 平成30年 にじさんじゲーマーズ等のサブブランド統合 ── 複数ブランドを「にじさんじ」に一本化、所属100名超に。
2018年 平成30年 スマホアプリ「にじさんじ」リリース ── 誰でもVTuberになれるアプリ発のライバー事務所として急成長。
2017年 平成29年 いちから株式会社 にじさんじプロジェクト始動 ── 2月にバーチャルライバープロジェクトとして発表、月ノ美兎ら一期生がデビュー。
2016年 平成28年 いちから株式会社設立 ── 田角陸が東京で創業、後のVTuber事務所最大手の起点に。
2016年 平成28年 キズナアイ登場、VTuber文化の黎明 ── 世界初のバーチャルYouTuberが活動開始、業界全体の土壌を作る。
2007年 平成19年 ニコニコ動画でMMD・歌ってみた文化が成熟 ── 後のVTuberにつながるネット配信文化の母体。
2005年 平成17年 YouTube日本展開・配信プラットフォーム黎明 ── 個人発信の動画文化が世界規模で広がり始める。
1985年 昭和60年 パソコン通信・草の根BBS時代 ── ネット上の匿名キャラ文化、後のVTuberアバター発想の遠い源流。
1917年 大正6年 日本初の国産アニメーション公開 ── 下川凹天・幸内純一・北山清太郎らが商業アニメを開始、キャラクター文化の起点。
ガジェット・朝 ソニー Xperia 1 VIII、6月11日発売へ ── 望遠カメラセンサー4倍大型化で暗所撮影強化、AIカメラアシスタント新搭載で23万5,400円から
ソニーは新フラッグシップスマートフォン「Xperia 1 VIII」を6月11日(木)に発売する。Snapdragon 8 Elite Gen 5を搭載し、望遠カメラのセンサーサイズを従来比約4倍に大型化、4,800万画素で暗所・ズーム撮影を強化した。AIカメラアシスタント機能「Xperia Intelligence」を新搭載し、撮影シーンの自動判別や構図提案を行う。価格はSIMフリーで23万5,400円から。Xperia 1シリーズ8代目、シネマ品質映像と高音質オーディオの両立路線を継続するフラッグシップとして位置付けられる。
出典: ソニー公式
遡る軸: ソニー Xperia シリーズの系譜——2008年初代Xperia X1から2026年Xperia 1 VIIIまで
遡る軸: ソニー株式会社の歴史——1946年東京通信工業設立から令和のグループ再編まで
ガジェット・昼 Samsung Galaxy A57 5G、4/23発売の王道ミドルレンジ ── 6.7インチ有機EL120Hz・Exynos 1680・5,000mAh+45W急速充電、6世代OSアップデート対応で実機評価まとまる
Samsung電子のAndroidスマホ「Galaxy A57 5G」が2026年4月23日からドコモ・ソフトバンク・SIMフリー版で発売、約1ヶ月のレビューが揃った段階。6.7インチSuper AMOLED+(120Hz)、Exynos 1680、メモリ8GB/ROM 128GB、IP68防水・防塵、最大45W急速充電、6世代OSアップデート保証。Galaxy A53/A54/A55に続くミドルレンジ王道機。マイナビ・週刊モバイル.com等で「コスパ最強の全部入り」と評価。
出典: Samsung News日本
遡る軸: Galaxy Aシリーズの歩み—2014年初代Galaxy A3から令和のA57 5Gまで
遡る軸: サムスン電子の日本市場展開—1990年代家電撤退から令和のGalaxy王道ミドルレンジまで
ガジェット・夜 Microsoft、法人向け新型Surface Pro 13/Surface Laptopを発表──Intel Core Ultra Series 3搭載、5/20受注開始
マイクロソフトは2026年5月21日、Intel Core Ultra Series 3を搭載した法人向け新型Surface Pro 13インチ(第12世代)とSurface Laptop(第8世代)を発表。Snapdragon X2モデルでローカルAI推論が最大80%高速化、100%リサイクルアルミ筐体と修理性向上を強調するCopilot+ PC新世代。
出典: Windows Blog for Japan
遡る軸: マイクロソフトの歴史
2026年 令和8年 法人向けSurface Pro 13(第12世代)・Surface Laptop(第8世代)発表 ── Intel Core Ultra Series 3搭載、Copilot+ PC新世代。5/20受注開始、7/14出荷
2025年 令和7年 Microsoft創立50周年 ── 1975年創業から半世紀、AI企業への転身を宣言
2024年 令和6年 Copilot+ PC構想を発表 ── NPU搭載PC向けAI機能Recall等を投入、PC体験の刷新を狙う
2023年 令和5年 OpenAIへの追加100億ドル投資・Bing AI統合 ── ChatGPT技術をBing/Edgeに統合、検索市場でGoogleに挑戦
2022年 令和4年 Activision Blizzard買収を発表(687億ドル) ── ゲーム業界史上最大の買収、2023年完了
2021年 令和3年 Windows 11リリース ── 6年ぶりのメジャーバージョン、デザイン刷新とMSストア再構築
2020年 令和2年 ZeniMax Media買収(75億ドル) ── Bethesdaを傘下に収め、Xboxファーストパーティ拡充
2019年 令和元年 Azure売上急成長、時価総額1兆ドル突破 ── クラウド事業の躍進でApple/Amazonと並ぶ巨人に
2016年 平成28年 LinkedIn買収(262億ドル) ── ビジネスSNSを傘下に、Officeとの連携強化
2015年 平成27年 Windows 10リリース ── 8の不評を受け、無償アップグレードで普及拡大
2014年 平成26年 サティア・ナデラがCEOに就任 ── 「Mobile First, Cloud First」戦略、Azure軸で再生
2014年 平成26年 Nokia携帯部門買収(72億ドル) ── スマートフォン市場参入、後に減損処理で実質失敗
2013年 平成25年 スティーブ・バルマー退任発表 ── 13年のCEO体制終了、後任探しへ
2012年 平成24年 Windows 8リリース・Surface RT発売 ── タブレット時代を見据えたタッチUI、ハードウェア自社製造へ参入
2011年 平成23年 Skype買収(85億ドル) ── P2Pビデオ通話の老舗を傘下に
2009年 平成21年 Bing検索エンジン公開 ── Live Searchを再ブランド、Google検索への対抗
2007年 平成19年 Windows Vistaリリース ── 長期開発の末発売も評価低く、商業的失敗
2001年 平成13年 Windows XP・Xbox発売 ── デスクトップOSの大成功とゲーム機市場参入
2000年 平成12年 スティーブ・バルマーがCEO就任 ── ゲイツは会長兼チーフソフトウェアアーキテクトに
1998年 平成10年 米司法省が独禁法違反で提訴 ── Internet Explorer抱き合わせを巡る歴史的訴訟、後に和解
1995年 平成7年 Windows 95リリース・Internet Explorer初出 ── 社会現象級のヒット、ブラウザ戦争の始まり
1993年 平成5年 Windows NT 3.1リリース ── エンタープライズ向け32bit OSの源流
1990年 平成2年 Windows 3.0・Office発売 ── 本格GUI OSと統合オフィススイートで覇権確立
1986年 昭和61年 NASDAQ上場・ゲイツが31歳で最年少億万長者に ── 株式公開で巨大企業への道を歩み始める
1985年 昭和60年 Windows 1.0リリース ── MS-DOS上のGUI環境として初登場
1983年 昭和58年 Microsoft Word/Mouse発表 ── アプリケーション事業の出発点
1981年 昭和56年 IBM PC向けMS-DOS提供開始 ── PC市場のデファクトOSを獲得、急成長の起点
1978年 昭和53年 日本マイクロソフト設立準備・売上100万ドル突破 ── 国際展開と急成長の足がかり
1975年 昭和50年 ビル・ゲイツとポール・アレンがMicrosoft創業 ── ニューメキシコ州アルバカーキでAltair BASICを開発、PC黎明期に参入
遡る軸: Microsoft Surfaceシリーズの歴史
2026年 令和8年 法人向けSurface Pro 13(第12世代)・Surface Laptop(第8世代) ── Intel Core Ultra Series 3、Copilot+ PC、リサイクルアルミ筐体・修理性向上
2025年 令和7年 Surface Pro 11/Surface Laptop 7 商用版展開 ── Snapdragon X EliteとIntel版を併売、Copilot+ PC普及期
2024年 令和6年 Surface Pro 11/Surface Laptop 7発売(Snapdragon X) ── 初のARM版Copilot+ PC、AI機能Recall搭載
2023年 令和5年 Surface Laptop Studio 2/Surface Laptop Go 3 ── クリエイター向けと廉価ラインの更新
2022年 令和4年 Surface Pro 9・Surface Laptop 5 ── ARM版とIntel版を統合したPro 9登場
2021年 令和3年 Surface Laptop Studio・Surface Pro 8 ── クリエイティブ向け新フォームファクター投入
2020年 令和2年 Surface Duo発売 ── Android搭載デュアルディスプレイ折り畳み端末
2019年 令和元年 Surface Pro X(ARM)・Surface Laptop 3 ── ARM版Surface始動、15インチLaptopも登場
2018年 平成30年 Surface Go・Surface Pro 6/Surface Laptop 2 ── 10インチ廉価モデルSurface Goを投入
2017年 平成29年 初代Surface Laptop・Surface Pro(5th)・Surface Studio日本発売 ── クラムシェル型のLaptop参入、Studio AIO上陸
2016年 平成28年 Surface Studio・Surface Book i7発表 ── デスクトップ一体型Studio登場
2015年 平成27年 Surface Book初代・Surface Pro 4 ── ノートPC形態のSurface Book投入、教育・法人で大ヒット
2014年 平成26年 Surface Pro 3発売 ── 12インチ化と「ラップトップを置き換える」訴求で大成功
2013年 平成25年 Surface Pro日本発売・Surface 2/Pro 2 ── Pro系の本格立ち上げ、Windows RTは伸び悩み
2012年 平成24年 Surface RT発表・発売(10/26) ── Microsoft初の自社ブランドPC、Windows 8と同時投入
AI・朝 Anthropic、SECにIPO申請書(S-1)を機密提出 ── 評価額9,650億ドルでAI企業初の本格上場準備、年間換算売上470億ドル
Claude開発元のAnthropicは6月1日、米証券取引委員会(SEC)に新規株式公開(IPO)に向けた登録届出書(Form S-1)を機密提出したと発表した。直近の資金調達ラウンドで評価額は9,650億ドルに到達。年間換算売上は約470億ドルで、前年の約100億ドルから急拡大した。AI開発企業として初の本格的なWall Street上場が視野に入る。OpenAI・SpaceXと並ぶ「テック・ユニコーン公開市場入りラッシュ」の象徴となる動きで、AI業界の資本市場フェーズへの転換点として注目される。
出典: Anthropic 公式発表
遡る軸: IT・AI企業のIPOと資本市場の歴史——NYSE創設からAnthropic上場準備まで
AI・昼 Google Gemini、月間アクティブユーザー7.5億人到達 ── ChatGPT 9億WAUの背中を急追、Q3 2026に10億人突破予測、AI MAU競争過熱
Alphabetが2026年4月決算で発表、Google Geminiアプリの月間アクティブユーザー(MAU)が7.5億人に到達、前四半期から+1億人の急成長。一方、OpenAIは2026年2月時点でChatGPT週間アクティブユーザー(WAU)9億人を発表。アナリストはGeminiが2026年Q3までにMAU10億人突破と予測。市場シェアでChatGPTは2025年初の86.7%から64〜68%へ低下、Geminiは5.7%→21.5%以上へと4倍超に急伸、Anthropic Claude・xAI Grok・Kimi K2も追走。
出典: The Motley Fool
遡る軸: Google AI戦略の歩み—1998年Google設立から令和のGemini 7.5億MAU到達まで
AI・夜 NVIDIA、GTC Taipei 2026 で「RTX Spark」を発表──1ペタフロップスをノートPCへ、ジェンスン・フアン「40年ぶりのPC再発明」
NVIDIA は 6/1 開幕の GTC Taipei 2026 で、MediaTek 製 Grace CPU と Blackwell RTX GPU を NVLink で結合したパーソナル AI 向けスーパーチップ「RTX Spark」を公開。1 ペタフロップスの AI 性能と最大 128GB 統合メモリで、120B パラメータ LLM のローカル実行を実現する。
出典: NVIDIA Blog
遡る軸: NVIDIA の歩みと GPU/AI 半導体史
2026年 令和8年 RTX Spark 発表(GTC Taipei) ── Grace CPU + Blackwell RTX GPU を NVLink 結合、1 ペタフロップス AI 性能をパーソナル PC へ
2026年 令和8年 Vera Rubin 量産開始 ── CES 2026 で予告された次世代 AI ファクトリー向け CPU+GPU プラットフォームがフル生産入り
2025年 令和7年 Blackwell B200/GB200 量産 ── AI データセンター需要の中核を担う第 6 世代 Tensor Core GPU が世界出荷
2024年 令和6年 NVIDIA 時価総額世界一に ── 生成 AI ブームを背景に Apple/Microsoft を抜き米国株時価総額首位を記録
2022年 令和4年 H100 (Hopper) 発表 ── Transformer Engine 搭載、ChatGPT 学習を支えた AI データセンター GPU
2020年 令和2年 Ampere A100 発表 ── TF32/BF16 対応、大規模言語モデル学習の標準となった汎用 AI GPU
2020年 令和2年 Arm 買収を発表(後に断念) ── ソフトバンクから 400 億ドルで Arm 取得を試みるが、2022 年に規制当局の反対で破談
2019年 令和元年 Mellanox 買収完了 ── InfiniBand/Ethernet スイッチ大手を 69 億ドルで取得、AI ファクトリー網の基礎に
2017年 平成29年 Volta V100 発表 ── 初の Tensor Core 搭載、深層学習特化 GPU として AI 時代の起点となる
2016年 平成28年 Jensen Huang、初代 DGX-1 を OpenAI に寄贈 ── AI スーパーコンピュータの始祖、後の ChatGPT 開発インフラの原型
2012年 平成24年 AlexNet が GPU で ImageNet 制覇 ── Hinton 研究室が GeForce GTX 580 を用いた CNN で画像認識競技を席巻、深層学習革命の起点
2006年 平成18年 CUDA 発表 ── GPU を汎用計算に開放するプログラミングモデル、後の AI 計算基盤の礎を築く
1999年 平成11年 GeForce 256 発表(世界初の GPU) ── ハードウェア T&L エンジン搭載、「GPU」という言葉自体を生んだ製品
1995年 平成7年 NV1 発売(初の商用チップ) ── 2D/3D/オーディオ統合チップ、商業的には失敗するも NVIDIA の出発点に
1993年 平成5年 NVIDIA 創業 ── Jensen Huang・Chris Malachowsky・Curtis Priem の 3 名がカリフォルニアでデニーズの一席から起業
1976年 昭和51年 クレイ・リサーチ Cray-1 出荷 ── ベクトル型スーパーコンピュータの代表機、HPC 文化の源流
1965年 昭和40年 ムーアの法則 提唱 ── インテル創業者 Gordon Moore が半導体集積度の経験則を発表、半導体産業の指針に
1958年 昭和33年 ジャック・キルビー、集積回路を発明 ── テキサス・インスツルメンツで世界初の IC 試作、半導体時代の幕開け
1947年 昭和22年 ベル研究所でトランジスタ発明 ── バーディーン・ブラッテン・ショックレーが点接触型トランジスタを実証、半導体産業の起点
遡る軸: パーソナルコンピュータと AI の融合史
2026年 令和8年 RTX Spark 搭載 Windows PC 発表 ── Dell/HP/Microsoft などが MediaTek+NVIDIA Arm チップ採用の AI PC を発表、ローカル生成 AI 時代へ
2025年 令和7年 Copilot+ PC 全面展開 ── Snapdragon X/Intel Lunar Lake/AMD Ryzen AI 搭載機が NPU 40TOPS 基準で広範に出荷
2024年 令和6年 Apple Intelligence 発表 ── WWDC で iPhone/Mac へのオンデバイス AI 統合を発表、A17 Pro/M シリーズが基盤
2023年 令和5年 Microsoft Copilot 統合 ── Windows 11 と Office に GPT ベース Copilot を全面統合、PC への生成 AI 標準実装が始まる
2022年 令和4年 ChatGPT 公開 ── OpenAI が GPT-3.5 ベースの対話 AI を公開、5 日で 100 万ユーザー突破し PC 用途を再定義
2020年 令和2年 Apple Silicon M1 発表 ── Mac が Intel から自社 Arm SoC へ移行、Neural Engine 搭載で AI 推論が標準化
2017年 平成29年 iPhone X に A11 Bionic Neural Engine 搭載 ── スマホ SoC に専用 NPU を初投入、Face ID で機械学習を消費者向け端末に展開
2015年 平成27年 Windows 10 と Cortana ── マイクロソフトが OS 標準音声アシスタントを搭載、PC への AI 機能組み込みが本格化
2011年 平成23年 Siri 登場(iPhone 4S) ── モバイル音声アシスタントの嚆矢、後の Alexa/Google Assistant に連なる
2007年 平成19年 iPhone 発表 ── ジョブズが「電話の再発明」を宣言、スマートフォン時代の幕開け
2001年 平成13年 Mac OS X リリース ── NeXTSTEP 系譜の UNIX 基盤 OS が登場、開発者向けパーソナル計算機の基盤に
1995年 平成7年 Windows 95 発売 ── スタートメニュー導入と GUI の決定版、世界に PC を普及させた起爆剤
1984年 昭和59年 Apple Macintosh 発売 ── GUI とマウスを標準装備したパーソナル PC、Super Bowl CM「1984」で発表
1981年 昭和56年 IBM PC 5150 発売 ── オープンアーキテクチャの PC/AT 互換機が業界標準となり、PC 産業を確立
1977年 昭和52年 Apple II 発売 ── カラー表示・拡張スロット標準装備で家庭用 PC ブームの口火を切る
1975年 昭和50年 Altair 8800 発売 ── 世界初のパーソナルコンピュータと位置付けられるキット製品、ビル・ゲイツらが BASIC を移植
1968年 昭和43年 エンゲルバートの「あらゆるデモの母」 ── マウス・ハイパーテキスト・GUI の原型を提示、後のパーソナルコンピューティング思想の基礎
1945年 昭和20年 ヴァネヴァー・ブッシュ「As We May Think」 ── 個人用情報機械「Memex」構想を提唱、パーソナルコンピュータと AI 補助の哲学的起点
レトロ・朝 「植田正治 写真の昭和」展、植田正治写真美術館で6月13日から開催 ── 鳥取砂丘で世界に知られた写真家、生誕から没年までの「昭和」を一望
鳥取県伯耆町の植田正治写真美術館で「植田正治 写真の昭和」展が2026年6月13日(土)から9月6日(日)まで開催される。テーマは「昭和」。1926年から1989年までの60年以上は、植田正治(1913〜2000)の写真家人生と重なる期間で、子供たち、街並み、人々の暮らしなど植田が撮り遺した数々の作品を通じて昭和という時代の魅力を再発見する企画展。鳥取砂丘での独特な演出写真は「植田調」「UEDA-CHO」と海外でも評価され、戦前から戦後の昭和文化を視覚的に記録した重要な写真集。
出典: 美術展ナビ
遡る軸: 植田正治の歩み——鳥取砂丘から世界の「UEDA-CHO」へ
2026年 令和8年 「植田正治 写真の昭和」展開催(6/13-9/6) ── 2026年6月13日から9月6日まで植田正治写真美術館で開催。テーマは「昭和」、生誕から没年までの作品で当時の昭和文化を再考。
2013年 平成25年 生誕100年記念展開催 ── 2013年、生誕100年を記念して全国の美術館で企画展が開催。鳥取・東京・京都を巡回、植田調の再評価が進む。
2000年 平成12年 植田正治 逝去(7月4日・享年87) ── 2000年7月4日、急性心筋梗塞のため鳥取県米子市の病院で逝去。地方在住のまま70年にわたり活動を続けた。
1995年 平成7年 植田正治写真美術館 開館 ── 1995年3月、鳥取県西伯郡岸本町(現・伯耆町)に植田正治写真美術館が開館。建築家・高松伸の設計、大山の伏流水を活かした水庭が特徴。
1989年 平成元年 昭和終焉・植田写真は時代の証言者に ── 1989年1月7日、昭和天皇崩御で昭和時代が終焉。植田が撮り続けた昭和の風景・人々が、後世「昭和」を伝える主要な視覚資料に。
1987年 昭和62年 フランス・アルル国際写真フェスティバルで植田回顧展 ── 1987年、フランス・アルル国際写真フェスティバルで植田正治の回顧展が大規模に開催。海外で「UEDA-CHO」名で高く評価される契機に。
1978年 昭和53年 CM『不思議の国の少女』撮影(資生堂) ── 1978年頃、資生堂CMのスチール撮影を担当、独特の演出写真がCM美術界にも影響を与える。
1975年 昭和50年 九州産業大学芸術学部教授に就任 ── 1975年、九州産業大学芸術学部の写真学科教授に就任。後進の指導にあたり、写真教育者としての側面も持つ。
1971年 昭和46年 写真集『童暦』刊行 ── 1971年、代表写真集『童暦(わらべごよみ)』刊行。子供たちの姿を季節ごとに捉えた集大成で植田調の確立を示す。
1949年 昭和24年 銀龍社・「砂丘」シリーズ本格開始 ── 1949年、銀龍社に参加。戦後の鳥取砂丘で家族や友人を被写体にした演出写真シリーズが本格化、後の代表作群を生む。
1947年 昭和22年 戦後復興期に写真活動を再開 ── 1947年、終戦から間もない時期に写真活動を本格再開。物資不足の中で身近な家族や子供を撮ることで独自の演出写真スタイルへ進化。
1937年 昭和12年 中国写真家集団に参加・前衛写真へ ── 1937年、関西の前衛写真家集団「中国写真家集団」に参加、シュルレアリスムの影響を受けて演出写真の探求を深める。
1932年 昭和7年 鳥取県境港市で植田写真場 開業(19歳) ── 1932年、19歳で郷里の境港市に営業写真館「植田写真場」を開業。生涯にわたり地方を離れず、地方在住の世界的写真家となる原点。
1931年 昭和6年 上京、オリエンタル写真学校入学 ── 1931年、上京して東京のオリエンタル写真学校に入学。本格的な写真技術を習得し、写真家としての出発点に。
1913年 大正2年 鳥取県西伯郡境町(現・境港市)に生まれる(3/27) ── 1913年3月27日、履物店を営む家に生まれる。生涯を地方で過ごしながら世界に知られた稀有な写真家となる。
遡る軸: 昭和写真史の歩み——記録から表現へ、植田・木村・土門の系譜
レトロ・昼 『平成リバイバル』ブーム継続中 ── ラッキー☆スター・サクラ大戦などニッチ作品再評価、専門ショップ・私設博物館・若年層流入で2026年も盛り上がり
日経新聞5月特集「平成レトロ、世代越え満喫」で報じられた通り、2026年も平成リバイバルの勢いは継続。サクラ大戦・ラッキー☆スターなど一定ジャンルのアニメ・ゲーム需要が高まり、専門展示館や専門店が若年層にも訴求。Y2K(2000年問題)時代のファッション・ガジェットの再ブームと並走し、「平成エモい」がZ世代消費キーワードに定着。
出典: 日本経済新聞
遡る軸: 平成レトロ・Y2Kリバイバルブームの歩み
遡る軸: ラッキー☆スターの歩み—2003年連載開始から令和の聖地巡礼経済まで
2026年 令和8年 平成リバイバル再評価で再注目 ── 平成ニッチアニメ枠で「らき☆すた」再評価、聖地巡礼経済が令和の長寿コンテンツに。
2024年 令和6年 鷲宮神社聖地巡礼継続 ── 埼玉県久喜市鷲宮神社の聖地巡礼継続、令和の地域経済支える長期事例に。
2017年 平成29年 アニメ放送10周年 ── 放送開始から10年、ファン交流イベント・記念展示が開催され愛され続ける作品に。
2013年 平成25年 角川「らき☆すた展」開催 ── 原作・アニメ作画素材・関連グッズ展示の大型企画展、ファン文化を可視化。
2008年 平成20年 鷲宮神社初詣30万人突破 ── 聖地巡礼効果で初詣参拝者数が前年比倍増、地域経済貢献モデルに。
2007年 平成19年 アニメ放送開始・OP社会現象 ── 4月、京都アニメーション制作でTVアニメ放送開始、OP「もってけ!セーラーふく」が社会現象化。
2007年 平成19年 鷲宮八幡神社聖地化 ── 埼玉県久喜市の鷲宮神社が作中モデルとして特定され、聖地巡礼ブーム発祥。
2005年 平成17年 「コンプエース」連載移籍 ── 角川「月刊コンプエース」へ移籍連載、後のメディアミックスへの土台となる。
2003年 平成15年 美水かがみ「コンプティーク」で連載開始 ── 1月、角川書店「コンプティーク」誌で美水かがみによる4コマ連載開始。
1997年 平成9年 京都アニメーション法人化 ── 5月、有限会社京都アニメーション設立、後の「らき☆すた」制作母体に。
1985年 昭和60年 角川書店「コンプティーク」創刊 ── 11月、角川書店がパソコン誌「コンプティーク」創刊、後にらき☆すた連載誌へ。
レトロ・夜 【6/22再販】HG RX-78-02 ガンダム(THE ORIGIN版)出荷へ ── 1979年放送開始から47年、ガンプラ熱の継続を映す再販カレンダー
バンダイスピリッツが2026年6月のガンプラ追加再販分として「HG 1/144 RX-78-02 ガンダム(GUNDAM THE ORIGIN版)」を6月22日に出荷予定とアナウンス。安彦良和『THE ORIGIN』準拠の初代モビルスーツ立体化は再販ごとに即完売の人気枠で、令和の昭和レトロ復権の象徴となっている。
出典: リーチャのガンプラ再販情報
遡る軸: ガンプラと機動戦士ガンダムの歴史
2026年 令和8年 HG RX-78-02(THE ORIGIN版) 6月再販 ── バンダイスピリッツが6/22出荷で再販。安彦良和『THE ORIGIN』準拠の初代ガンダム立体化キット。
2024年 令和6年 ガンプラ45周年 ── 初代ガンプラ発売(1980)から45年。バンダイホビーセンター(静岡)が記念プロジェクトを展開。
2022年 令和4年 バンダイ「機動戦士ガンダム 水星の魔女」放送 ── シリーズ初の女性主人公・学園もの。新規層の取り込みでガンプラ需要再加熱。
2020年 令和2年 コロナ禍のおうち時間でガンプラ品薄 ── 巣ごもり需要でガンプラが慢性的品切れ。「ガンプラショック」と呼ばれる転売・買い占め問題。
2019年 令和元年 バンダイホビーセンター見学者100万人 ── 静岡県のガンプラ生産拠点が累計100万人来館。聖地巡礼スポット化。
2015年 平成27年 HG RX-78-02 ガンダム(THE ORIGIN版) 初発売 ── 安彦良和コミック『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』準拠の決定版HG。今回再販はこの金型。
2010年 平成22年 実物大ガンダム立像 お台場潮風公園 ── 高さ18mのRX-78-2が日本中を熱狂させ、東京観光名所となる。
2004年 平成16年 HG RX-78-2 ガンダム(機動戦士ガンダム版) 発売 ── 1/144 HGUCシリーズの初代ガンダム決定版として登場。長期間スタンダードに。
1999年 平成11年 PG 1/60 RX-78-2 ガンダム発売 ── パーフェクトグレード第1弾。内部フレーム再現の最高峰として登場。
1995年 平成7年 MG 1/100 RX-78-2 ガンダム発売 ── マスターグレード第1弾。フレーム構造を採用した革命的キット。
1990年 平成2年 バンダイ「ガンダム0080」シリーズ展開 ── OVA連動の高品質HGキット投入で第2次ガンプラブームの幕開け。
1985年 昭和60年 ガンプラブーム成熟期 ── 『機動戦士Ζガンダム』放送と連動した百式・キュベレイ等の人気キット投入。
1981年 昭和56年 映画『機動戦士ガンダム』三部作公開 ── 劇場版第1作公開。アニメブーム再点火でガンプラ需要爆発。
1980年 昭和55年 1/144 ガンダム発売(初代ガンプラ) ── バンダイから初のガンプラ発売、300円。当初は売れ残るも口コミで爆発的ヒット。
1979年 昭和54年 『機動戦士ガンダム』TV放送開始 ── 名古屋テレビで4月7日放送開始。当初は低視聴率も後に再評価。
1977年 昭和52年 日本サンライズ設立 ── のちにガンダムを生むアニメ制作会社が独立。富野喜幸(由悠季)らが参画。
1971年 昭和46年 バンダイ模型 設立 ── バンダイのプラモデル部門が分社化。後のガンプラ生産母体となる。
1950年 昭和25年 萬代屋(後のバンダイ)創業 ── 山科直治が玩具卸として東京で創業。戦後玩具産業の出発点。
遡る軸: 日本プラモデル産業の歴史
2026年 令和8年 ガンプラ再販カレンダー恒常化 ── バンダイスピリッツが月次再販リストを公開、市場の透明性を確保。
2023年 令和5年 プラモデル輸出額過去最高 ── インバウンドとアジア市場でガンプラ・スケールモデル輸出が活況。
2020年 令和2年 巣ごもり需要でプラモ市場急拡大 ── コロナ禍で趣味としてプラモが再評価。タミヤ・バンダイともに増産。
2015年 平成27年 タミヤ・ホビーショー 50回 ── 静岡ホビーショーが恒例イベントとして定着。世界最大級の模型展示会。
2005年 平成17年 愛知万博でタミヤ・ガンプラ展示 ── 日本の模型文化が世界に向けて発信される。
1995年 平成7年 タミヤ ミニ四駆 第2次ブーム ── 『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』連動で小学生に再ブーム。
1988年 昭和63年 タミヤ ミニ四駆 ダッシュ! 四駆郎ブーム ── コロコロコミック連載と連動して空前のミニ四駆ブーム。
1980年 昭和55年 バンダイ ガンプラ参入 ── キャラクター模型市場をプラモデル業界が本格的に開拓。
1976年 昭和51年 タミヤ RC(ラジコン)カー参入 ── 電動RCカー「ポルシェ934ターボRSR」発売、RC市場開拓。
1968年 昭和43年 タミヤ 1/35 ミリタリーミニチュアシリーズ発売 ── 戦車模型の世界標準スケール1/35を確立。
1963年 昭和38年 タミヤ 初のプラモデル発売 ── 木製模型からプラスチック模型へ転換、戦艦大和を発売。
1958年 昭和33年 マルサン商店 国産初のプラモデル発売 ── 「原子力潜水艦ノーチラス号」を発売。日本プラモデル史の起点。
1954年 昭和29年 ハセガワ 模型製造開始 ── 長谷川製作所(現ハセガワ)が木製模型から始動。
1948年 昭和23年 タミヤ 木製模型として創業 ── 田宮義雄が静岡で田宮商事を創業。当時は木材加工業。
1936年 昭和11年 青島文化教材社 創業 ── 青島次郎が静岡で創業、後のアオシマ。木製模型から始まる。
1907年 明治40年 東京勧業博覧会で玩具部門設置 ── 上野で開催、国産玩具産業の振興政策の象徴的場に。
アニメ・朝 アニメ『花ざかりの君たちへ』第2期2026年7月1日放送開始 ── 中条比紗也の不朽の少女漫画、原作20年の節目で続編アニメ化
TVアニメ『花ざかりの君たちへ』第2期が2026年7月1日(水)より順次放送開始することが公式サイトで決定した。第1期は2026年1月4日から3月22日まで12話放送、原作者・中条比紗也の遺志を継ぐ作品として高い評価を得ていた。第2期では男装ヒロイン芦屋瑞稀(山根綺)・佐野泉(八代拓)・中津秀一(戸谷菊之介)が引き続き登場し、修学旅行やダンスパーティーなど原作で人気の高い学園エピソードが描かれる。アニメーション制作はシグナル・エムディ。
出典: アニメ「花ざかりの君たちへ」公式サイト
遡る軸: 花ざかりの君たちへの歩み——1996花とゆめ連載から2026アニメ第2期まで
2026年 令和8年 アニメ第2期 7月1日放送開始 ── 2026年7月1日(水)よりTVアニメ第2期放送開始。修学旅行・ダンスパーティーなど原作後半の人気エピソードを描く。
2026年 令和8年 アニメ第1期 1月〜3月放送(全12話) ── 2026年1月4日から3月22日まで全12話放送。中条比紗也の原作完結から約20年を経て初のアニメ化、最終話には作者追悼の文字。
2025年 令和7年 アニメ化発表時の追悼コメント公開 ── 中条比紗也が生前に進めていたアニメ化企画として発表され、ファンに大きな反響。アニプレックス・Production I.G発表。
2024年 令和6年 アニメ化決定発表(完結から20年) ── 2024年5月、初のテレビアニメ化決定発表、原作完結から20年の節目。シグナル・エムディが制作担当。
2017年 平成29年 累計発行部数1700万部突破 ── 2017年1月時点、原作漫画の累計発行部数が1700万部を突破。少女漫画長寿ヒット作の代表に。
2015年 平成27年 原作者・中条比紗也 逝去(8月15日) ── 2015年8月15日、原作者の中条比紗也が満45歳で逝去。アニメ化を強く望んでいた作家として惜しまれた。
2011年 平成23年 台湾でドラマ化(三度目のドラマ化) ── 2011年、台湾でドラマ『花樣少年少女』が制作・放送、アジア圏での人気の根強さを示す。
2011年 平成23年 日本でドラマ第2作放送(オリックス劇場版) ── 2011年7月、フジテレビで前田敦子主演の日本ドラマ第2作が放送。豪華キャストで再話題化。
2007年 平成19年 日本でドラマ第1作・堀北真希主演で大ヒット ── 2007年7月、フジテレビで堀北真希主演のドラマ第1作放送、平均視聴率15%超の大ヒットとなり原作売上を押し上げた。
2006年 平成18年 台湾でドラマ初放送 ── 2006年、台湾で『花樣少年少女』として初のドラマ化、Ella(陳嘉樺)主演。後の堀北真希版日本ドラマの先駆けに。
2004年 平成16年 「花とゆめ」18号で連載完結(全23巻) ── 2004年、約8年の連載を経て完結。全23巻、後に愛蔵版全12巻でも発売される長期連載作。
1996年 平成8年 「花とゆめ」20号で連載開始 ── 1996年、白泉社『花とゆめ』20号より中条比紗也の連載開始。男装ヒロインが男子校に潜入する学園コメディ。
1994年 平成6年 中条比紗也 漫画家デビュー ── 1994年、漫画家としてデビュー。短編作品を経て、花とゆめでの長期連載作品『花ざかりの君たちへ』へつながる。
1974年 昭和49年 『花とゆめ』創刊(5月) ── 1974年5月、白泉社が少女漫画雑誌『花とゆめ』を創刊。後に『花ざかりの君たちへ』を生む長寿少女漫画誌の出発点。
1973年 昭和48年 白泉社 設立(12月1日) ── 1973年12月1日、集英社から枝分かれする形で白泉社が設立。後に『花とゆめ』『LaLa』など少女漫画誌の名門出版社に。
1955年 昭和30年 集英社『りぼん』創刊以後、戦後少女漫画誌が定着 ── 1955年、戦後の少女漫画誌として集英社『りぼん』が創刊以来安定路線に。後の白泉社系少女漫画文化の母体に。
1925年 大正14年 集英社 創業 ── 1925年8月8日、集英社が小学館の娯楽誌部門として創業。後に白泉社が分離独立する出版社母体。
1903年 明治36年 少女向け雑誌『少女界』創刊(現代少女雑誌の源流) ── 1903年、金港堂が日本初の少女向け雑誌『少女界』創刊。明治期の少女向け活字メディアの先駆として後の少女漫画誌へ連なる。
アニメ・昼 2026年夏アニメ ラインナップ揃う ── 7月期は『BLEACH 千年血戦篇-禍進譚-』『無職転生III』『幼女戦記II』など続編ヒット作が集結
2026年7月開始の夏アニメは「続編の夏」。BLEACH最終章第4クール、無職転生III、幼女戦記II、コードギアス奪還のロゼTV版など人気シリーズの続編がコミックナタリー・アニメイトタイムズで一斉発表。新作『花ざかりの君たちへ第2期』(朝枠で扱った作品)と並ぶ7月期注目作。配信プラットフォーム多様化で世界同時配信が定着し、海外マーケットへの直接訴求が前提に。
出典: コミックナタリー
遡る軸: 『BLEACH』アニメの歩み ── 2001年連載開始から令和の千年血戦篇まで
遡る軸: ジャンプ系・ラノベ系の続編アニメ史 ── 1970年代テレビアニメ続編の誕生から令和の複数クール展開まで
アニメ・夜 『劇場版モノノ怪 第三章 蛇神』5/29公開、20年越し三部作完結──薬売り神谷浩史「最後のメッセージまで受け取って」
2007年深夜アニメ『モノノ怪』の劇場版三部作完結編が2026年5月29日に全国公開。総監督・中村健治、監督・越田知明、配給ツインエンジン。大奥に隠された最大の秘密と最恐のモノノ怪「蛇神」と薬売りの壮絶な闘いを描く。
出典: 映画.com
遡る軸: 中村健治監督と異形のアニメ表現
2026年 令和8年 劇場版モノノ怪 第三章 蛇神 ── 5/29公開。三部作完結編。総監督・中村健治。神谷浩史が薬売り役で続投
2024年 令和6年 劇場版モノノ怪 唐傘 ── 三部作第一章。大奥を舞台に物語を再起動。配給ツインエンジン
2013年 平成25年 ガッチャマン クラウズ ── SNS時代のヒーロー論を提示。タツノコ原作のクラウド化
2012年 平成24年 つり球 ── ノイタミナ枠。江ノ島を舞台に少年と宇宙人の青春群像
2011年 平成23年 C THE MONEY OF SOUL AND POSSIBILITY CONTROL ── 金融と未来をテーマにしたオリジナル作品。タツノコプロ制作
2009年 平成21年 空中ブランコ ── 奥田英朗原作。実写と融合した異色の深夜アニメ
2007年 平成19年 モノノ怪(TVアニメ) ── ノイタミナ第8作。和紙テクスチャと極彩色で薬売り×妖の闘いを描く中村健治初監督作
2006年 平成18年 怪 〜ayakashi〜「化猫」 ── ノイタミナ初期作品の最終話。中村健治が演出デビューしモノノ怪の原型に
1956年 昭和31年 東映動画設立 ── 中村が新人時代を過ごした制作会社。日本初の長編カラーアニメの拠点
遡る軸: 日本の妖怪・怪奇アニメ史
2026年 令和8年 劇場版モノノ怪 第三章 蛇神 ── 大奥の闇に潜む蛇神と薬売りの決着。和風ホラー・アニメ表現の最前線
2023年 令和5年 地獄楽 ── MAPPA制作。江戸の死罪人と仕置人が神仙郷を旅する伝奇アクション
2020年 令和2年 鬼滅の刃 無限列車編 ── 大正時代の鬼狩りを描く劇場版が興収404億円突破。日本歴代1位
2018年 平成30年 夏目友人帳 陸 ── 緑川ゆきの妖との交流譚。シリーズ6期。穏やかな怪異描写の代表作
2018年 平成30年 ゲゲゲの鬼太郎 第6期 ── 水木しげる没後初の鬼太郎。50周年記念シリーズ
2008年 平成20年 夏目友人帳(1期) ── LIDENFILMS/ブレインズ・ベース制作。妖と人の和解という新潮流
2007年 平成19年 モノノ怪 ── 東映アニメーション/中村健治。和紙×ポップアートの和風モダンホラー誕生
2005年 平成17年 地獄少女 ── スタジオディーン制作。怨みを晴らすあいの呪術ホラー
1968年 昭和43年 ゲゲゲの鬼太郎(第1作) ── 水木しげる原作のテレビアニメ化。妖怪ブームの源流
1910年 明治43年 柳田國男『遠野物語』刊行 ── 岩手・遠野の妖怪・怪異伝承を集成。日本民俗学と後の妖怪アニメ全体の源泉
スター・朝 浜崎あゆみ、JAPAN TOUR 2026「A -Scapegoat-」立川公演 ── 6/2 公演は予定通り開催、6/3 公演は台風6号接近で「関係各所と協議継続」と公式発表
浜崎あゆみの全国ホールツアー「ayumi hamasaki JAPAN TOUR 2026 A -Scapegoat-」の TACHIKAWA STAGE GARDEN 公演(6月2日・3日)について、所属レーベル avex は2026年6月1日に「重要なお知らせ」を公式サイトで掲載、台風6号の関東接近に伴う影響について関係各所と協議を続けていることを明らかにした。6月2日の公演は予定通り実施され、6月3日の公演については「引き続き関係各所と協議を重ねてまいります」と発表、最終的な案内は公式から改めてアナウンスされる。本ツアーは4月から名古屋・神戸でスタートし、19都市・全30公演で11月27日(兵庫)まで続く長期ツアーで、「Scapegoat(身代わり/選ばれし者)」をテーマに据える。
出典: avex.jp — ayumi hamasaki official website
遡る軸: 浜崎あゆみ — 平成歌姫の歩み
遡る軸: 日本「歌姫」系譜 — 明治期から令和歌姫まで
スター・昼 なにわ男子 5thアルバム『ND⁵』6/17発売決定 ── 5周年(11月)を彩る記念作、北川悠仁・ヒャダイン書き下ろし曲含む全15曲、5形態同時発売
STARTO ENTERTAINMENT所属の7人組グループ・なにわ男子が、5周年(2026年11月)を記念する5thアルバム『ND⁵』(エヌディーファイブ)を6月17日(水)に発売。リード曲「Celebrate」のほか「アシンメトリー」「Black Nightmare」「Never Romantic」「HARD WORK」を含む全15曲。ゆず北川悠仁(約4年ぶり)・ヒャダイン(約6年半ぶり)の書き下ろし曲を全形態に収録。初回限定3形態+通常盤+ファミクラ限定の5形態同時発売、5乗(5×5×5×5×5)を象徴する記念アルバム。
出典: ORICON NEWS
遡る軸: なにわ男子の歩み—2018年関ジュ結成から令和の5thアルバム『ND⁵』まで
遡る軸: STARTO ENTERTAINMENT(旧ジャニーズ事務所)の歩み—1962年ジャニーズ結成から令和の社名変更まで
スター・夜 歌手・菅原洋一さん死去、92歳 「知りたくないの」「今日でお別れ」昭和歌謡のタンゴ・バリトン、紅白22回連続出場の名匠が静かに去る
日本歌手協会は2026年6月2日、歌手の菅原洋一さんが5月31日に悪性リンパ腫のため都内病院で死去したと発表した。92歳。1967年「知りたくないの」が80万枚超の大ヒット、1970年「今日でお別れ」で第12回日本レコード大賞を受賞、紅白歌合戦に22回連続出場した昭和歌謡を代表するタンゴ・バリトン歌手だった。
出典: 音楽ナタリー
遡る軸: 菅原洋一とタンゴ歌謡の戦後
2026年 令和8年 菅原洋一さん死去、92歳 ── 5月31日午前9時26分、悪性リンパ腫のため都内病院で逝去。6月2日に日本歌手協会が発表。家族葬は6月1日に執り行われた。
2019年 令和元年 文化庁長官表彰を受ける ── タンゴと歌謡曲を融合させ日本の大衆音楽に長く貢献した功績で表彰。晩年も精力的にステージに立ち続けた。
2012年 平成24年 デビュー50周年記念 ── 1962年のレコードデビューから半世紀。タンゴ歌謡のレジェンドとして敬意を集め、コンサートを重ねた。
1988年 昭和63年 紅白歌合戦22回連続出場の最終出場 ── 1967年初出場から1988年第39回までの22回連続出場。昭和歌謡を象徴する常連歌手として一時代を画した。
1985年 昭和60年 レオポルド・フェデリコ楽団と共演 ── アルゼンチンを代表するタンゴ・オルケスタとレコーディング・ステージで共演。本場のタンゴ界からも高い評価を得る。
1976年 昭和51年 ラテン系レパートリーの拡張 ── カンツォーネやラテン・ポップス調の楽曲を積極的に取り入れ、従来の歌謡曲ファン層をさらに広げた時期。
1970年 昭和45年 「今日でお別れ」で第12回日本レコード大賞 ── 1967年発売、1969年再録音版が大ヒットしレコ大受賞。タンゴ・バリトンが歌う大人のバラードで歌謡界の頂点に立った。
1969年 昭和44年 アルフレッド・ハウゼ楽団と共演 ── 「タンゴの王様」と称されたドイツのオルケスタとレコーディング。世界のタンゴ界に名を刻む。
1968年 昭和43年 「誰もいない」で第10回日本レコード大賞歌唱賞 ── 前年の大ヒットを受けて連続して受賞。歌唱力で評価される実力派の地位を確立した。
1967年 昭和42年 「知りたくないの」80万枚突破の大ヒット ── 1965年発売のB面曲が深夜放送で火がつき80万枚を売り上げる。なかにし礼の訳詞で原曲は米のカントリー曲。同年紅白初出場。
1962年 昭和37年 ポリドールからレコードデビュー ── タンゴ歌手としてレコードデビュー。プロ歌手としての道を本格的に歩み始める。
1958年 昭和33年 早川真平とオルケスタ・ティピカ東京でデビュー ── 日本のタンゴ楽団の名門に加入し、タンゴ歌手として活動を開始。当時の日本タンゴ・シーンの中核楽団だった。
1956年 昭和31年 国立音楽大学声楽専攻科卒業 ── 本格的な声楽教育を受けた基礎が、のちの安定したバリトンと歌唱力を支えた。
1933年 昭和8年 兵庫県加古川市に生まれる ── 8月21日、加古川に誕生。播磨の地から戦後歌謡界の頂点を目指す道がここから始まった。
遡る軸: 日本レコード大賞と昭和歌謡史
2026年 令和8年 第12回受賞者・菅原洋一さん死去 ── 1970年「今日でお別れ」で大賞を受賞した菅原洋一が92歳で逝去。昭和のレコ大黄金期を生きた歌手がまた一人去った。
2024年 令和6年 第66回日本レコード大賞 ── 大みそかにTBS系で生放送。テレビ歌番組の権威としては往時の勢いを失いつつも、年末の風物詩として続く。
2011年 平成23年 AKB48「フライングゲット」で第53回大賞 ── アイドルグループによる大賞受賞が常態化し始めた時代の象徴。新しい受賞像が定着した節目の年。
1999年 平成11年 GLAY「Winter, again」で第41回大賞 ── 平成中期、ロックバンドが大賞を取る時代。受賞辞退の動きも顕在化し、賞の意味合いが変わり始める。
1989年 平成元年 Wink「淋しい熱帯魚」で第31回大賞 ── 昭和から平成への切り替わりの年、女性デュオが大賞。歌謡曲とポップスの過渡期を象徴する受賞となった。
1985年 昭和60年 中森明菜「ミ・アモーレ」で第27回大賞 ── 前年「北ウィング」に続き2年連続大賞。アイドル全盛のレコ大黄金期を代表する歌手の頂点。
1978年 昭和53年 ピンク・レディー「UFO」で第20回大賞 ── 社会現象となったデュオが大賞。テレビ歌番組全盛期、視聴率も高く国民的セレモニーとなった。
1970年 昭和45年 菅原洋一「今日でお別れ」で第12回大賞 ── 大阪万博の年。タンゴ・バリトンが歌う大人のバラードが大賞に選ばれ、菅原洋一は歌謡界の頂点に立った。
1965年 昭和40年 美空ひばり「柔」で第7回大賞 ── 戦後を代表する女性歌手が満を持して大賞受賞。レコ大の権威を不動のものにした象徴的な受賞。
1959年 昭和34年 第1回日本レコード大賞・水原弘「黒い花びら」 ── 12月27日に文京公会堂で開催。新人デビュー曲の大賞受賞は史上唯一の事例。永六輔作詞・中村八大作曲、戦後歌謡新時代の幕開け。
占い・朝 6/3(水)双子座シーズン中盤 ── 鏡リュウジ・しいたけ占い等で「金運上昇」「次のステージへ進む」と語られる時期、6/6 芒種を控え「行動と休息のリズム」を整える朝
2026年6月3日(水)は西洋占星術で双子座(ふたご座)シーズン(5/21〜6/21)の中盤。鏡リュウジ・しいたけ占い・マダム・モニカら主要占星術メディアでは双子座を「次のステージへとコマを進める」運気、6月前半は金運が急上昇する時期と紹介されている。一方、好奇心と行動力が高まる時期だからこそ「神経が張りつめやすい」とも語られ、夜の照明を落とし温かい飲み物で呼吸を整え良質な睡眠を確保することが運気の土壌作りになると示される。さらに6/6(土)は二十四節気「芒種(ぼうしゅ)」で、麦の刈り入れと稲の田植えが本格化する季節の節目。本日は梅雨入り前の貴重な晴れ間と、双子座の「動と静のリズム」を意識した朝の習慣を整える日と位置づけられる。
出典: ハルメク — 鏡リュウジの双子座6月運勢
遡る軸: 黄道十二星座「ふたご座」の文化史
遡る軸: 二十四節気「芒種」と日本の暦・農事文化
占い・昼 鏡リュウジ「2026年6月の双子座運勢」公開 ── 6/10は金星×木星のマジカルデイ、6/30木星が獅子座へ移動の節目
@BAILA連載・鏡リュウジによる「2026年6月の双子座運勢」が公開され話題に。6月10日は愛と喜びの金星が幸運の星・木星と重なる「恵のギフト」、6月30日には木星が約12年ぶりに蟹座から獅子座へ移動する大きな星回りの転換点。双子座は「次のステージへ進む」運気、6月前半は金運急上昇との解説が女性誌・SNSで広まる。
出典: @BAILA 鏡リュウジの星座占い
遡る軸: 鏡リュウジ ── 心理占星術を日本に広めた占星術研究家の歩み
2026年 令和8年 双子座6月運勢で「6/10マジカルデイ」+「6/30木星獅子座移動」を発信 ── @BAILA連載で、金星×木星が蟹座で重なる6月10日のマジカルデイと、6月30日の木星蟹座→獅子座移動を2026年の節目として紹介。
2023年 令和5年 星座別エッセイなどの著作を継続的に刊行 ── 占いを「自分を見つめ直す鏡」として語るスタイルが一般読者にも浸透。エッセイや実用書を数多く手がけた。
2020年 令和2年 「風の時代」を語り手として広める ── 12月のグレート・コンジャンクションを機に、約200年ぶりに「地」から「風」へ移る転換を多くのメディアで解説。「風の時代」が広まる一翼を担った。
2018年 平成30年 『鏡リュウジの占星術の教科書』シリーズを刊行 ── 原書房より入門書シリーズを刊行。基礎から学べる体系的な解説書として、占星術を学ぶ層の裾野を広げた。
2010年 平成22年 テレビ出演などで広く知られる存在に ── 各種テレビ番組に出演。雑誌連載に加え映像メディアでも露出し、占星術研究家として広く認知された。
2006年 平成18年 大学の客員教授に就任 ── 平安女学院大学の客員教授に就任。のちに京都文教大学でも客員教授を務め、占いを文化・心理の観点から論じる立場を確立していく。
2000年 平成12年 雑誌連載で女性誌の人気占い師に ── 複数の女性誌で連載。星占いを身近なライフスタイル情報として届ける役割を担い続けた。
1994年 平成6年 ユング思想を基盤に「心理占星術」を紹介 ── 深層心理学のユング思想を下敷きに、運命を当てるより「自己理解の道具」として占星術を読む立場を打ち出した。
1992年 平成4年 国際基督教大学大学院で学ぶ ── 比較文化を専攻し、ユングの研究で大学院を修了。占いと心理学を架橋する独自の視座の土台となった。
1988年 昭和63年 十代で雑誌デビュー、占星術の書き手に ── 学生時代から雑誌に占星術記事を寄稿しデビュー。以後長きにわたり占い業界の第一線で活動を続ける。
1978年 昭和53年 十代の頃、タロットをきっかけに占いへ ── タロットカードとの出会いから占いの世界に魅了される。のちの占星術・タロット紹介者としての原点になった。
1968年 昭和43年 京都府に生まれる ── 3月2日生まれ。のちに日本へ心理占星術を広め、西洋占星術を一般に橋渡しする研究家・翻訳家となる人物の出発点。
遡る軸: 木星の星座運行と占星術 ── 古代ヒッパルコスの周期発見から令和の蟹座→獅子座移動まで
占い・夜 草彅健太の「血液型×タロット占い」2026年6月号公開──A型はソード6逆位置で過去が引き止める月、O型はペンタクル10で家族に光が差す
池袋占い館セレーネ所属の草彅健太が、TOKYO FM+で6月の血液型別タロットを発表。A型=ソード6逆位置(過去の引きずり)、B型=カップ5逆位置(浮上の兆し)、O型=ペンタクル10(安定)、AB型=塔(価値観の刷新)。歴史的にタロットも血液型性格論も「型に当てはめて未来を読む」文化として日本で受容されてきた経緯がある。
出典: TOKYO FM+ / AuDee
遡る軸: 血液型性格分類と占い文化の歴史
2026年 令和8年 草彅健太「血液型×タロット占い」6月号 ── TOKYO FM+で4血液型のタロット運勢を発表。タロットと血液型の融合は日本独自の占い文化として定着している傾向。
2025年 令和7年 占い番組での血液型コーナー継続 ── テレビ朝日系の朝の占いコーナー等で血液型別運勢が紹介され続け、ライト層に浸透している。
2023年 令和5年 SNSで血液型診断コンテンツの再流行 ── TikTok/Instagramで「血液型あるある」動画がZ世代に拡散、占いとの親和性が再評価される傾向。
2020年 令和2年 コロナ禍で在宅占いブーム ── タロット動画・血液型診断アプリがリモート時代の娯楽として広がり、占い市場全体が拡大。
2008年 平成20年 『B型自分の説明書』ベストセラー ── Jamais Jamais著の血液型本シリーズが400万部超のヒット、書店占いコーナーを席巻した。
2004年 平成16年 「血液型ハラスメント」が社会問題化 ── 職場で血液型を理由にしたハラスメントが報道され、厚労省・日本心理学会が科学的根拠なしと注意喚起。
1999年 平成11年 細木数子ブームと占い番組黄金期 ── 六星占術のテレビ進出で「占い番組」が定番化、血液型コーナーも併設される傾向。
1990年 平成2年 能見俊賢が父の路線を継承 ── 能見正比古の長男・俊賢が血液型人間学研究所を引き継ぎ、講演・著述を継続。
1984年 昭和59年 ノストラダムスの大予言と占いブーム ── 世紀末を控えて占い書籍市場が拡大、血液型本も書店の一角を占めるようになった。
1971年 昭和46年 能見正比古『血液型でわかる相性』刊行 ── ジャーナリスト能見正比古が古川説を大衆化し、戦後日本の血液型ブームの起点となった。
1948年 昭和23年 占い禁止令の解除・街頭占い復活 ── GHQ統治下で一時規制された占い業が戦後復活、新宿・池袋等で街頭占い師が増加した経緯。
1930年 昭和5年 古川竹二説への学術的批判が高まる ── 心理学会から「サンプル不足」「相関なし」との批判が相次ぎ、戦時下で一旦下火になる。
1927年 昭和2年 古川竹二「血液型による気質の研究」発表 ── 東京女子高等師範学校教授の古川が日本心理学会で発表、血液型性格論の学術的起点となった。
1916年 大正5年 原来復らが日本人の血液型分布を調査 ── 日本でABO式血液型の人種・地域分布研究が始まり、後の性格論の素地が形成される。
1901年 明治34年 カール・ラントシュタイナーがABO式血液型発見 ── ウィーン大学の病理学者がヒトの血液をA・B・C(O)型に分類、20世紀の輸血医学と占い文化双方の出発点となった。
グルメ・朝 セブン-イレブン「セブンカフェ すいかスムージー」6/2 全国数量限定発売 ── 1/2日分のフルーツ・規格外すいか活用でフードロス低減
セブン-イレブン・ジャパンは2026年6月2日(火)、「セブンカフェ すいかスムージー」を全国の店舗で数量限定発売開始した。価格は税込432円(本体400.68円)。すいかのみずみずしい甘さにいちご果肉の甘酸っぱさを合わせ、1/2日分のフルーツが摂取できる仕様。アイスキューブにはすいか果汁・りんごピューレを使用、隠し味としてトマトピューレと塩を微量加えてすいか本来の甘みに奥行きを与えた。使用するすいか果肉は形やサイズが不揃いで生鮮流通が難しいものを積極的に採用、フードロス低減にも貢献する。6/10はセブンカフェスムージー全品半額デーも実施予定で、夏のカウンタードリンク需要を取り込む。
出典: 食品産業新聞社ニュースWEB
遡る軸: 日本のスムージー文化史——米国1920年代の誕生から令和コンビニ夏定番化まで
グルメ・昼 スシロー「感謝一杯。腹一杯。スシローの日2026第一弾」6/3スタート ── 「いくら包み」110円〜・中とろ2倍サイズ「特ネタ倍とろ」180円〜、創業月6月の年間最大級フェア
株式会社FOOD&LIFE COMPANIES運営のスシローは2026年6月3日(水)から「感謝一杯。腹一杯。スシローの日2026第一弾」を開催。目玉の「いくら包み」が110円〜(207万食限定)、中とろを通常2倍サイズに増量した「特ネタ倍とろ」180円〜(6/14まで・277万食限定)、対象ソフトドリンク半額(6/3〜6/23)など、回転寿司業界最大手の創業月企画。物価高局面のコンシューマー還元キャンペーン。
出典: スシロー公式
遡る軸: あきんどスシロー(回転寿司)の歴史
遡る軸: 回転寿司業界の歴史 ── ベルトコンベアから100円皿、タッチパネルまで
グルメ・夜 ケンタッキー「サクッとケンタ」第2弾、骨なしスティック「辛旨ジンガー」290円を6月3日から数量限定発売、ザクザクの「カーネルクランチポテト」も復活
日本KFCは6月3日、スナック感覚で食べられる「サクッとケンタ」シリーズ第2弾として、唐辛子でスパイシーに味付けした骨なしもも肉のスティック「辛旨ジンガー」(290円)と、3月初登場時に再販要望が多かった「カーネルクランチポテトS」(290円)を全国数量限定で発売。開発期間1年の意欲作。
出典: 日本KFC ニュースリリース
遡る軸: 日本ケンタッキー・フライド・チキンの歩み
2026年 令和8年 辛旨ジンガー発売 ── 「サクッとケンタ」第2弾、骨なしスティック型スパイシーチキン290円、6月3日から数量限定。
2026年 令和8年 カーネルクランチポテト復活 ── 3月初登場時に再販要望が多かったザクザク食感ポテトを再販売。
2026年 令和8年 サクッとケンタ第1弾 ── 3月、片手で食べられる小腹満たし新シリーズを始動。
2024年 令和6年 創業70周年(米国) ── カーネル・サンダースが1952年にフランチャイズ1号店を出してから米KFCが70周年。
2020年 令和2年 コロナ禍テイクアウト需要急増 ── 巣ごもり需要でデリバリー・持ち帰り売上が拡大。
2018年 平成30年 モバイルオーダー導入 ── 事前注文アプリでレジ待ち緩和。
2016年 平成28年 スマホクーポン本格化 ── 公式アプリで割引クーポン配信が定着。
2014年 平成26年 食べ放題ビュッフェ店登場 ── 一部店舗で時間制ビュッフェを試験導入。
2007年 平成19年 クリスマス予約定着 ── クリスマスチキン需要が国民的恒例行事に。
2003年 平成15年 三菱商事完全子会社化 ── 日本KFCホールディングスが三菱商事グループ入り。
1997年 平成9年 東証2部上場 ── 日本ケンタッキー・フライド・チキンが株式上場。
1990年 平成2年 店舗1,000店突破 ── バブル期に出店拡大、全国チェーン化が完成。
1985年 昭和60年 カーネル像の阪神タイガース呪い事件 ── 阪神優勝で道頓堀店のカーネル像が川に投げ込まれた都市伝説事件。
1984年 昭和59年 クリスマスキャンペーン定番化 ── 「ケンタッキーでクリスマス」のCM戦略が成功。
1974年 昭和49年 クリスマス向けCM開始 ── 七面鳥代わりにチキンを食べる文化を作り出すマーケティング。
1973年 昭和48年 原宿店オープン ── 都心型小型店舗の先駆けとして話題に。
1972年 昭和47年 札幌・東京進出 ── 名古屋実験店を経て大都市圏への本格展開を開始。
1971年 昭和46年 青山1号店開業 ── 東京・青山に首都圏1号店をオープン。
1970年 昭和45年 名古屋郊外に日本1号店 ── 11月21日、愛知県名古屋市の西郊外に大阪万博出店経験を生かした実験店をオープン。
遡る軸: フライドチキンと日本の鶏肉食文化
2026年 令和8年 辛旨ジンガー(KFC) ── スパイシー系骨なしチキンの新顔、片手で食べる手軽さを訴求。
2024年 令和6年 韓国式チキン店急増 ── ヤンニョムチキン専門店が都心部で多数開業、第3次韓流ブームと連動。
2022年 令和4年 からあげグランプリ過熱 ── 専門店ブームが全国に波及、コロナ禍テイクアウト需要と合致。
2020年 令和2年 巣ごもりで唐揚げ需要急増 ── コロナ禍で家庭の唐揚げ消費・テイクアウト唐揚げが拡大。
2018年 平成30年 唐揚げ専門店ブーム ── からあげクン以来、独立系唐揚げ専門店が全国で増加。
2014年 平成26年 日本唐揚協会「カラアゲニスト」 ── 日本唐揚協会公認の食べ歩き資格制度が普及。
2008年 平成20年 大分中津唐揚げブーム ── 大分県中津市が「からあげの聖地」として全国区に。
2000年 平成12年 コンビニホットスナック定着 ── ファミチキ・Lチキ等コンビニ揚げ物が一般化していく。
1986年 昭和61年 ローソンからあげクン発売 ── コンビニ揚げ物の代名詞、骨なし一口チキンが誕生。
1970年 昭和45年 KFC日本上陸 ── 大阪万博での試験販売を経て名古屋に日本1号店、フライドチキン文化導入。
1962年 昭和37年 大分中津で唐揚げ専門店誕生 ── 中津市に唐揚げ専門店が登場、地域名物化が始まる。
1932年 昭和7年 東京で「若鶏唐揚げ」 ── 銀座の食堂が若鶏唐揚げを定食メニュー化、家庭料理へ波及。
1926年 昭和元年 ブロイラー飼育始まる ── 大正末〜昭和初期に米国式採卵養鶏が広まり、食肉用鶏も流通。
1872年 明治5年 明治政府が肉食奨励 ── 明治5年の肉食解禁、鶏肉が牛肉より安価な庶民の蛋白源として広まる。
アニマル・朝 上野動物園コビトカバ「モミジ」の第2子(2025/12/25 メス)、公開準備が大詰め ── 13年ぶり再開繁殖プログラムで「コブシ」(2025/3生)に続く連続成功
恩賜上野動物園のコビトカバ「モミジ」(22歳)が2025年12月25日午前0時38分にメスの仔を出産、現在母乳哺育で順調に成育中で、展示場放飼の練習が始まっている。同園では2025年3月にも「ナツメ」がオスの「コブシ」を出産しており、13年ぶりに再開した繁殖プログラムで連続出産を達成。コビトカバはIUCNレッドリストで絶滅危惧IB類(EN)、日本国内の飼育施設は5施設14頭という希少種で、今回の連続繁殖成功は種保存計画(SSP)上も大きな意味を持つ。仔の名前と公開日は園が調整中。
出典: 東京ズーネット(東京都恩賜上野動物園)
遡る軸: 日本のコビトカバ飼育史——1927年上野動物園初導入から令和の連続繁殖まで
遡る軸: 恩賜上野動物園の歩み——1882年「日本初の動物園」開園から令和の希少種繁殖まで
アニマル・昼 愛媛県立とべ動物園のライオン「バリー」(雌・18歳)が5/31死去 ── 西日本最大級の動物園で長年親しまれた象徴的個体
県立とべ動物園(伊予郡砥部町)は6月1日、ライオンのバリー(雌・18歳)が5月31日に死んだと発表した。バリーは2008年生まれ、長年にわたり同園のライオン舎で来園者に親しまれた象徴的個体。同園ではコロナ後の入場者回復と、希少種飼育・繁殖計画の両立が課題に。ライオンの平均寿命15年を超えた長寿個体の最期。
出典: 愛媛新聞ONLINE
遡る軸: 愛媛県立とべ動物園の歩み ── 1988年開園から令和のライオン「バリー」最期まで
遡る軸: 日本の動物園ライオン飼育史 ── 明治期上野動物園初導入から令和の血統管理まで
アニマル・夜 すみだ水族館「ボニンアイランド2026」明日6/4開幕──世界自然遺産・小笠原諸島の島時間をスカイツリーの真下で体感、固有マイマイ&アオウミガメ赤ちゃん保全展示も
東京スカイツリータウン®の「すみだ水族館」が、6月4日(木)〜7月9日(木)に企画展「すみだボニンアイランド2026」を開催。開業時から続く小笠原大水槽・アオウミガメ保全活動を軸に、固有マイマイ展示、島の暮らしパネル、講演会、限定カフェメニュー&グッズで「都心から1,000kmの島時間」を再現する。
出典: すみだ水族館 公式ニュース
遡る軸: 小笠原諸島と日本の自然保護史
2026年 令和8年 すみだボニンアイランド2026 ── すみだ水族館で6/4〜7/9開催。世界自然遺産の小笠原を都心で体感する企画展、3回目の開催。
2024年 令和6年 すみだボニンアイランド初開催 ── すみだ水族館が小笠原テーマの企画展をスタート。固有マイマイ展示が話題に。
2023年 令和5年 小笠原返還55周年 ── 1968年の本土復帰から55年。観光・自然保護・固有種保全の節目に各種イベント。
2021年 令和3年 世界自然遺産登録10周年 ── 2011年登録から10年。父島・母島での生態系保全の成果と課題が報告される。
2018年 平成30年 小笠原返還50周年 ── 本土復帰50年式典が父島で挙行。
2011年 平成23年 小笠原諸島 世界自然遺産登録 ── 6月、ユネスコ世界遺産委員会が「海洋島」固有の進化を評価し登録決定。日本4件目の自然遺産。
2008年 平成20年 おがさわら丸 就航 ── 東京・竹芝〜父島を結ぶ唯一の定期便。約24時間航路は「日本一遠い東京」の象徴。
1993年 平成5年 屋久島・白神山地が世界自然遺産に ── 日本初の世界自然遺産登録。小笠原の登録運動にも弾みが付く。
1972年 昭和47年 小笠原国立公園 指定 ── 本土復帰4年後、固有種保護と観光振興を目的に国立公園に指定。
1968年 昭和43年 小笠原諸島 本土復帰 ── 6月26日、米国施政下から23年ぶりに日本に返還。住民の帰島が始まる。
1944年 昭和19年 小笠原強制疎開 ── 太平洋戦争激化により島民約7,000人が本土へ強制疎開。
1880年 明治13年 小笠原諸島 東京府編入 ── 明治政府が領有を確定し東京府(当時)に編入。日本の南方領土の起点となる。
ホビー・朝 バンダイスピリッツ「ポケモンプラモコレクション 62 セレクトシリーズ カイオーガ」6/13 発売決定 ── 全長180mm・口の開閉差し替え・波の専用台座付属、伝説のポケモン立体化
バンダイスピリッツは2026年6月13日(土)、「ポケモンプラモコレクション 62 セレクトシリーズ カイオーガ」を発売する。価格1,980円(税10%込)、対象年齢6歳以上。ゲームボーイアドバンス『ポケットモンスター サファイア』(2002)のパッケージを飾った伝説のポケモン「カイオーガ」を全長約180mmで立体化、各所可動でポーズが再現可能、口の開閉を差し替えパーツで表現、波をイメージした専用台座が付属。タッチゲート方式で道具不要組み立て。バンダイのポケモン公式プラモシリーズは2014年スタート以来62モデル目の節目商品となる。
出典: 電撃ホビーウェブ
遡る軸: ポケモンプラモコレクションの歩み——2014年シリーズ開始から62モデル達成まで
遡る軸: バンダイ・プラモデルの歩み——1971年模型業界参入からガンプラ・ポケプラ展開まで
ホビー・昼 RG 1/48 AV-98Plus(イングラム・プラス) 6/6発売 ── 『機動警察パトレイバー EZY』最新作の劇中機体、RG基準内部フレーム+シルバー部リアルメタリック仕様、税込6,050円
バンダイスピリッツがリアルグレード(RG)シリーズで『機動警察パトレイバー EZY』の主役機「AV-98Plus(イングラム・プラス)」を2026年6月6日(土)発売。価格6,050円(税10%込)、1/48スケール。RG基準の内部フレーム導入により広い可動域、コックピット展開・ハッチ昇降など劇中ギミック内蔵、シルバー部はリアルメタリックグロスインジェクション仕様。劇場新作「EZY」File 1(5/15公開)・File 2(8月予定)に合わせたタイミング展開。
出典: 電撃ホビーウェブ
遡る軸: 機動警察パトレイバーの歩み
遡る軸: バンダイ「RG(リアルグレード)」シリーズの歩み—2010年RG誕生から令和のパトレイバー RG展開まで
ホビー・夜 グッドスマイルフェス2026東京、6/6-7ベルサール秋葉原で開幕──「ねんどろいど」「figma」「PLAMAX」など1,000点超を一挙展示
グッドスマイルカンパニーの年次大型展示イベントが2026年6月6日(土)-7日(日)、ベルサール秋葉原で入場無料開催。スケールフィギュアやプラモデル新作1,000点超を展示し、6月4日19時にはオンライン新作発表会も配信。「ねんどろいど ういだがー」記念ステッカーやフェスくじなど会場限定企画も実施される。
出典: HOBBY Watch
遡る軸: グッドスマイルカンパニーとフィギュア帝国の歩み
2026年 令和8年 グッドスマイルフェス2026東京 ── ベルサール秋葉原で6/6-7に開催。フィギュア・プラモデル1,000点超を展示、新作発表会も同時配信。
2025年 令和7年 POP UP PARADE累計1,000種突破 ── 3,500-5,500円帯の量産スケールフィギュアブランドが2019年スタートから6年で大台へ。
2024年 令和6年 中国・蘇州に新工場稼働 ── グッドスマイル中国の生産・物流拠点を拡張し、グローバル供給網を強化。
2022年 令和4年 PLAMAX ミニッツアーマー始動 ── マシーネンクリーガー由来の女性キャラ・パワードスーツ系プラモブランドを本格展開。
2020年 令和2年 巣ごもりでホビー需要拡大 ── コロナ禍下でホビー需要が拡大、巣ごもり消費でPVCフィギュア市場が前年比増。
2019年 令和元年 POP UP PARADE発売開始 ── 塗装済み完成品フィギュアを3,500円帯で量産する新ブランドを始動、世界的ヒットに。
2016年 平成28年 グッドスマイル・カンパニー10周年記念展 ── 創業10周年で六本木ヒルズに歴代フィギュア集結、企業ブランドが定着。
2013年 平成25年 Nitroplusと「すーぱーそに子」TVアニメ ── メーカー発キャラクターのIP化が進み、フィギュア発IPアニメ化の流れを牽引。
2011年 平成23年 グッドスマイルレーシング 初音ミクGTデビュー ── SUPER GT300クラスにスポンサーとして本格参戦、レーシングミク文化の起点に。
2010年 平成22年 ねんどろいど ぷち シリーズ展開 ── 小型版ねんどろいど「ぷち」を半額帯で展開、コレクション裾野を一気に拡大。
2008年 平成20年 figma始動・初代「神弓ちゃん」発売 ── マックスファクトリー企画・GSC販売のアクションフィギュア新ブランドが誕生。
2006年 平成18年 ねんどろいど第1弾「ねぎ先生」発売 ── デフォルメ顔+可動小型フィギュアの新規格を提唱、後に世界的ブランドへ。
2005年 平成17年 マックスファクトリーと業務提携 ── 原型師ネットワークを共有し、企画・原型・販売の三位一体体制を確立。
2001年 平成13年 グッドスマイルカンパニー設立 ── 安藝貴範が東京・墨田区にて創業、当初はキャラクターグッズ卸からスタート。
遡る軸: 塗装済み完成品フィギュア(美少女PVC)の歴史
2026年 令和8年 グッスマフェス2026で新作1,000点展示 ── スケール完成品・プライズ・プラモが一堂に並ぶ、現代日本ホビーの縮図的イベント。
2024年 令和6年 PVCフィギュア市場2,000億円規模に ── 日本玩具協会調べでキャラクタートイ市場が拡大、輸出比率も上昇。
2019年 令和元年 POP UP PARADE登場で量産価格帯確立 ── GSCが3,500円台の完成品スケールを量産化、市場の中位帯を再定義。
2014年 平成26年 艦これブームで擬人化フィギュア大量化 ── 艦隊これくしょん人気で各社がキャラ立体化、PVC市場の主力ジャンルに。
2010年 平成22年 「中国塗装」量産体制が一般化 ── GSC・コトブキヤらが中国工場による塗装ライン構築、価格7,000円帯が標準に。
2007年 平成19年 初音ミク発売とミクフィギュア需要爆発 ── ボーカロイドの大ヒットでミク立体物が各社から大量発売、新たな主力IP誕生。
2006年 平成18年 ねんどろいど登場でデフォルメ路線確立 ── リアル系一辺倒だったPVC市場にデフォルメ路線を持ち込み、コレクション層を拡大。
2005年 平成17年 コトブキヤ「ARTFX J」始動 ── スケール塗装済み完成品の中核ブランドが誕生、各社の競合が本格化。
2003年 平成15年 Max Factory美少女PVC「七瀬留美」発売 ── 「To Heart2」キャラの量産PVCが小売ヒット、塗装済み完成品市場の起点に。
2001年 平成13年 海洋堂「リボルテック」企画始動 ── 可動・低価格のアクションフィギュア潮流を牽引、後のfigmaへ影響。
1999年 平成11年 WAVE「綾波レイ プラグスーツ版」ヒット ── エヴァ綾波の量産PVC完成品が市場を席巻、深夜アニメIPフィギュアの幕開け。
1995年 平成7年 ガレキ市場で「美少女ガレージキット」隆盛 ── ワンダーフェスティバルがガレキ流通の中心に、後のPVC完成品の原型師供給源に。
1985年 昭和60年 海洋堂「ワンダーフェスティバル」初開催 ── 当日版権制度を背景に個人原型師の発表場として定着、フィギュア文化の母胎へ。
1964年 昭和39年 海洋堂創業(大阪・門真) ── 宮脇修が模型店を開業、後にガレージキット・PVC文化の原点となる。
1924年 大正13年 バンダイ前身「萬代屋」創業 ── 玩具卸として創業、戦後の日本玩具産業の中核を担う土台が形成された。
1899年 明治32年 増田屋(現マスダヤ)創業 ── 東京・浅草で創業した玩具卸が、近代日本玩具産業の起点に。
不動産・朝 SUUMOジャーナル 6/2、墨田区・キラキラ橘商店街「Ping Pong Platz」を特集 ── UR都市機構所有の空き地を屋外卓球台で多世代交流の場に、関東大震災を生き延びた京島の路地文化に光
リクルートのSUUMOジャーナルが2026年6月2日、墨田区京島のキラキラ橘商店街(正式名・向島橘銀座商店街)に2023年設置された屋外常設卓球台アートプロジェクト「Ping Pong Platz(ピンポンプラッツ)」を特集記事として公開。コーヒーショップ「muumuu coffee」を営む灰谷あゆむ、イタリア人アーティスト ジャコモ・ザガネッリ、デザイナー シルビア・ピアンティーニが発起人で、アーツカウンシル東京の東京アートポイント計画「隅田川 森羅万象 墨に夢」採択後本格始動。もともと車庫付き住居建設予定地で計画停止後、UR都市機構所有となった空き地を活用した。京島は1923年関東大震災と1945年東京大空襲を奇跡的に逃れ昭和初期の街区が残るエリア。ポップアップ終了後は「AKICHI+」として正式オープンし、空き地・遊休不動産の地域価値転換モデルとして注目される。
出典: SUUMOジャーナル(リクルート)
遡る軸: 墨田区京島・キラキラ橘商店街の歩み——関東大震災を生き延びた昭和の路地が令和のアートスポットに
遡る軸: UR都市機構と公団住宅の歩み——1955年日本住宅公団から令和の遊休地活用まで
不動産・昼 首都圏新築マンション、2026年供給戸数2万3,000戸の見通し ── 過去50年で最低水準、人手不足・資材高騰・用地枯渇で『新築氷河期』時代へ
日本経済新聞・不動産経済研究所のまとめによれば、2026年の首都圏新築マンション供給戸数は2万3,000戸と1973年以降の過去50年で最低水準の見通し。背景に人手不足・建設資材高騰・東京23区での「事業性の取れる用地」の枯渇。平均価格は1億円超で続伸、購入層が富裕層中心に偏り、実需は中古市場へシフト。政府も中古・既存ストック活用政策へ舵を切り、住宅政策の歴史的転換点に。
出典: 日本経済新聞
遡る軸: 日本の分譲マンション史—1953年同潤会アパート民間払下げから令和の供給氷河期まで
遡る軸: 首都圏住宅政策の歩み—関東大震災後の郊外開発から令和の新築氷河期まで
2026年 令和8年 新築マンション氷河期・供給2.3万戸 ── 首都圏新築マンション供給が過去50年最低、政府は中古ストック活用政策へ転換。
2020年 令和2年 リモートワーク郊外移住ブーム ── コロナ禍でリモートワーク定着、郊外戸建てや地方移住が再評価。
2015年 平成27年 中古マンション市場活況 ── 新築価格高騰の反動で中古マンション市場が活発化、リノベ需要拡大。
2004年 平成16年 都市再生機構(UR)発足 ── 7月、独立行政法人都市再生機構設立、住宅都市整備公団等を継承し都市再生事業推進。
1996年 平成8年 多摩ニュータウン入居40万人到達 ── 多摩ニュータウン居住人口が40万人を超え、巨大ニュータウン整備のピークに。
1990年 平成2年 バブル末期土地高騰 ── 東京23区平均地価が前年比約2倍に急騰、住宅取得困難で郊外宅地化拡大。
1985年 昭和60年 プラザ合意後の地価急騰 ── 9月プラザ合意で円高進行、金融緩和で都心地価が急騰、バブル形成へ。
1973年 昭和48年 田中角栄『日本列島改造論』 ── 田中角栄首相の『日本列島改造論』に基づく住宅・都市政策、首都圏宅地開発加速。
1971年 昭和46年 多摩ニュータウン入居開始 ── 3月、多摩ニュータウン諏訪・永山地区で入居開始、首都圏最大級ニュータウン展開。
1962年 昭和37年 千里ニュータウン入居開始 ── 9月、千里ニュータウン入居開始、日本初の本格的計画ニュータウン(関西だが首都圏モデルに)。
1955年 昭和30年 日本住宅公団設立 ── 7月、日本住宅公団設立、団地建設で住宅大量供給時代へ。
1950年 昭和25年 住宅金融公庫法成立 ── 5月、住宅金融公庫法施行で長期低利住宅ローン制度確立、持家政策の基盤に。
1946年 昭和21年 戦災復興都市計画法施行 ── 9月、戦災復興院による戦災都市の都市計画事業が本格始動。
1945年 昭和20年 戦災で東京焼失 ── 3月10日東京大空襲ほか、首都圏住宅の大半が焼失、戦後復興の起点に。
1923年 大正12年 関東大震災で首都圏郊外開発加速 ── 9月1日関東大震災発生、被災を契機に田園都市・郊外住宅地開発が加速。
不動産・夜 首都圏新築一戸建て 平均5367万円で過去最高更新/フルローン33%も最高(SUUMO 2025年契約者調査)
リクルートSUUMOリサーチセンターが5/19公表の首都圏新築分譲一戸建て契約者動向調査(2025年)。平均購入価格は前年比523万円増の5367万円で2014年調査開始以来最高。自己資金ゼロのフルローン比率も33%で最高、平均借入額4842万円。建売・分譲住宅の高騰と住宅ローンへの依存深化を裏付けた。
出典: SUUMOジャーナル 2026-06-03
遡る軸: 日本の住宅ローン制度史
2026年 令和8年 首都圏新築一戸建てフルローン比率33% ── SUUMO調査で2014年以来最高。借入額4842万円も最高、可処分所得対比で重い負担に。
2024年 令和6年 日銀マイナス金利解除 ── 17年ぶり利上げ。変動金利型の優位が揺らぎ住宅ローン選択に影響。
2022年 令和4年 フラット35 不正利用問題の余波と制度見直し ── 投資目的利用への審査強化、自己居住要件の厳格化が進む。
2017年 平成29年 住宅ローン残高200兆円突破 ── 低金利と価格上昇で家計の住宅債務が肥大化。
2007年 平成19年 住宅金融支援機構 発足 ── 住宅金融公庫を承継し独立行政法人化、直接融資から民間補完(フラット35の証券化支援)へ転換。
2003年 平成15年 フラット35 スタート ── 長期固定金利の証券化支援型住宅ローン、民間銀行と公庫の連携モデル。
1994年 平成6年 住宅ローン専門会社の破綻ラッシュ ── 住専問題の表面化、不良債権処理が90年代後半の金融危機へ繋がる。
1986年 昭和61年 バブル期 住宅ローン金利6%台でも申込殺到 ── 土地神話の最終局面、ステップ償還型ローンが普及。
1971年 昭和46年 住宅金融公庫 個人住宅融資の本格拡大 ── 高度成長期の持家政策。長期固定低利のモデルとして以後30年機能。
1950年 昭和25年 住宅金融公庫 設立 ── 戦後の住宅難対策として長期固定低利融資を開始、6/26に東京特別区+140都市で受付開始。
1937年 昭和12年 日本勧業銀行 不動産担保貸付の拡大 ── 戦前の長期住宅金融の代表、戦後の公庫制度の前史。
1873年 明治6年 地租改正 ── 土地の私的所有権を確立し地券を発行、近代不動産担保金融の制度的起点。
遡る軸: 日本の分譲住宅・ニュータウン史
2026年 令和8年 首都圏新築一戸建て平均5367万円 ── 前年比523万円増、2014年以降最高。建材高騰と人件費上昇が直撃。
2022年 令和4年 ウッドショックと建材価格高騰 ── 輸入木材の急騰で建売価格が一段上昇、中堅パワービルダーが苦戦。
2009年 平成21年 長期優良住宅普及促進法 施行 ── 耐震・省エネ・劣化対策などの基準化、新築分譲の品質基準を底上げ。
2005年 平成17年 構造計算書偽造問題 ── 姉歯事件で分譲マンション・建売の信頼が揺らぎ、建築基準法改正へ。
2000年 平成12年 住宅品質確保促進法 施行 ── 新築住宅の10年瑕疵担保責任を義務化、分譲住宅の品質保証時代に。
1995年 平成7年 阪神・淡路大震災と耐震基準の再強化 ── 木造分譲住宅の耐震性能が課題化、2000年基準への布石。
1981年 昭和56年 新耐震基準 施行 ── 建築基準法改正で分譲住宅の安全性が大幅向上、以後の市場の基準線に。
1971年 昭和46年 多摩ニュータウン 入居開始 ── 首都圏最大規模のニュータウン、公団分譲住宅のモデルケース。
1962年 昭和37年 千里ニュータウン 入居開始 ── 日本初の大規模ニュータウン、佐竹台の分譲価格は坪1万2300円。
1956年 昭和31年 日本住宅公団 初の分譲住宅供給 ── 前年設立の公団が大規模分譲住宅を供給開始、戦後の持家政策が本格化。
1955年 昭和30年 日本住宅公団 設立 ── 住宅10ヵ年計画のもと公団が発足、戦後住宅難の解決を担う。
1924年 大正13年 同潤会 設立 ── 関東大震災後、内務省所管の財団として鉄筋アパート分譲を開始、近代分譲住宅の先駆。
1909年 明治42年 小林一三 池田室町に住宅地分譲 ── 鉄道沿線の住宅地分譲のモデル、月賦販売を導入し中産階級の持家を実現。
1873年 明治6年 地租改正 ── 土地私有制の確立と地券発行、宅地分譲という商品概念の出発点。
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