2026年5月25日(月)の記事アーカイブ
公開日: 2026-05-25 | 編集: 神・現代史編集部 | 運営: Elshaddai
この日の各ジャンルの起点ニュースと、そこから歴史を遡る年表の記録です。本コンテンツはAIによる自動生成を含み、編集部が運用するリンク検証工程を経て公開しています。
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政治・朝 高市政権、自民・維新の新連立で初の本格論戦へ ── 26年続いた自公体制終焉後の通常国会終盤
1999年から26年続いた自民・公明の連立は高市早苗総裁誕生で公明の連立離脱により終結、新たに自民・維新の連立体制が発足した。通常国会終盤を控え、連立組み替え後初の本格論戦に注目が集まる。
出典: nippon.com
遡る軸: 自民・公明連立体制26年の歴史と再編
2026年 令和8年 自民・維新連立発足 ── 高市早苗政権下で公明が連立離脱、26年続いた自公体制が終結し、自民・維新の新連立が発足。
2025年 令和7年 高市早苗・自民総裁誕生 ── 自民党総裁選で高市早苗が勝利、女性初の総裁に。公明との連立解消の引き金となる。
2024年 令和6年 第50回衆院選で自公過半数割れ ── 裏金問題等の逆風で自民は191議席に転落、自公合計215議席で過半数(233)に届かず。
2015年 平成27年 平和安全法制成立 ── 自公連立下で安保関連法を制定、集団的自衛権の限定的行使を可能に。
2014年 平成26年 集団的自衛権の閣議決定 ── 第2次安倍内閣が憲法解釈変更で集団的自衛権の行使容認を閣議決定、公明との調整を経て実施。
2012年 平成24年 第2次安倍内閣で自公政権復活 ── 衆院選で自公が大勝、3年3か月の野党時代を経て連立政権に復帰。
2009年 平成21年 民主党政権交代で自公野党転落 ── 第45回衆院選で民主党が308議席、自民は結党以来初めて衆院第1党を失い自公とも野党に。
2005年 平成17年 小泉郵政選挙で自公圧勝 ── 郵政民営化を争点に小泉首相が衆院解散、自公合計327議席の歴史的大勝。
1999年 平成11年 自自公連立から自公連立成立 ── 小渕内閣下で自由党・公明党と連立、後に自民・公明の二党体制となり26年続く連立の起点に。
1994年 平成6年 自社さ連立(村山内閣) ── 自民党が日本社会党・新党さきがけと連立、社会党委員長の村山富市が首相に就任し政権復帰。
1993年 平成5年 細川連立内閣・55年体制崩壊 ── 非自民8党派による細川連立内閣発足、自民党が結党以来初めて野党に転落し55年体制が終焉。
1964年 昭和39年 公明党結党 ── 創価学会を支持基盤とする公明党が11月17日に結党、後に自民の長期連立パートナーとなる。
1955年 昭和30年 自由民主党結党(55年体制) ── 保守合同で自由民主党が結党、日本社会党との2:1の議席配置で「55年体制」が始まる。
政治・昼 2026年5月26日、マルコス・フィリピン大統領が来日し、高市早苗首相と日比首脳会談を実施へ ── 安全保障・経済協力・南シナ海情勢を中心に議論
フィリピンのマルコス大統領が5月26日(火)に来日し、高市首相と首脳会談を行う予定。安全保障・経済協力・南シナ海情勢が主要議題。前日25日昼時点で外務省・官邸が準備を進めており、メディア各社が議題予測を報じている。
出典: KSI政策ニュース.jp
遡る軸: 日本とフィリピンの外交史 ── 明治期から令和まで
政治・夜 国家情報会議設置法案、27日成立へ大詰め — 26日に高市首相が参院内閣委で答弁、内調を「国家情報局」に格上げ
政府提出の国家情報会議設置法案は与党が27日の参院本会議成立を目指し、前日26日に高市早苗首相が参院内閣委員会に出席して質疑に応じる調整に入った。首相を議長とする会議体を新設し、内閣情報調査室を発展的に解消して「国家情報局」を設けるのが柱。立憲民主党はプライバシー保護不十分として反対する。
出典: 共同通信(Yahoo!ニュース)
遡る軸: 内閣情報調査室から国家情報局へ — 日本版CIA構想の歴史
2026年 令和8年 国家情報会議設置法案、参院で大詰め ── 高市政権が提出した法案が5月27日の参院本会議で成立する公算。内調を発展的に解消し「国家情報局」を新設。
2026年 令和8年 高市早苗首相が参院内閣委で答弁(5/26) ── 採決前日、首相自らが法案趣旨を説明し野党質疑に応じる調整に。
2014年 平成26年 国家安全保障局(NSS)発足 ── NSC事務局として外交・防衛の司令塔機能を担当。内調と並ぶ情報・政策コミュニティの中核に。
2013年 平成25年 特定秘密保護法成立 ── 12月6日成立。インテリジェンス情報の保全枠組みが整い、内調の役割も拡大。
2013年 平成25年 国家安全保障会議(日本版NSC)設置 ── 第2次安倍内閣のもとで創設、首相を議長とする外交・安保の最高協議体に。
2001年 平成13年 内閣情報官の新設(中央省庁再編) ── 1月6日、内閣情報調査室長を廃止し、特別職の「内閣情報官」を新設。初代は杉田和博。
1986年 昭和61年 内閣調査室を「内閣情報調査室」に改称 ── 7月1日、内閣官房組織令改正で現在の名称となる。
1957年 昭和32年 内閣調査室に改組 ── 8月1日、内閣法改正で内閣官房直属の組織となる。
1956年 昭和31年 緒方竹虎の急逝 ── 1月28日、急性心不全で死去。総裁含み副総理として情報組織整備を主導した日本版CIA構想は道半ばで頓挫。
1955年 昭和30年 保守合同・自由民主党結成 ── 緒方竹虎が中心人物の一人として参画。情報重視の保守政治を党是に反映。
1952年 昭和27年 内閣総理大臣官房調査室を設置 ── 4月9日、吉田茂首相の意向を受け、緒方竹虎・村井順を中心に「日本版CIA」の先駆けとして発足。
遡る軸: 日本のインテリジェンス制度の歴史 — 明治の参謀本部から国家情報局へ
2026年 令和8年 国家情報局の新設へ ── 内調を格上げし、防衛・外務・警察の情報を「総合調整」する司令塔を構築する制度改革。
2014年 平成26年 内閣官房に国家安全保障局を設置 ── NSC事務局として外交・安保政策の一体運用が始まる。
2013年 平成25年 特定秘密保護法とNSC設置 ── 機密保全と政策決定の二輪が同時整備された安倍政権下のインテリジェンス改革。
2001年 平成13年 中央省庁再編で内閣情報官設置 ── 内閣機能強化の一環で情報統括ポストを格上げ。
1997年 平成9年 防衛庁情報本部の発足 ── 1月20日設立。陸海空の情報部門を統合し、自衛隊の戦略情報部門が一元化された。
1952年 昭和27年 内閣総理大臣官房調査室発足 ── 占領終了とともに、戦後日本の対外情報機関構想がスタート。
1945年 昭和20年 内務省・参謀本部・軍令部の解体 ── 敗戦に伴いGHQの指令で旧来の情報機関群が解散。戦後日本のインテリジェンス空白期に。
1940年 昭和15年 内閣情報局の設置 ── 12月6日、情報宣伝の統合機関として発足。緒方竹虎は後に総裁を務める。
1937年 昭和12年 内閣情報部の設置 ── 日中戦争を受け、政府の対外宣伝・情報統括組織として発足。
1893年 明治26年 海軍軍令部条例 ── 海軍軍令部が独立組織化され、陸海双方に統帥・情報部門が並立する体制が確立。
1886年 明治19年 外務省に翻訳局・調査機構整備 ── 欧米列強情報を集約する近代外交情報体制の整備が進む。
1878年 明治11年 参謀本部条例公布、参謀本部設置 ── 12月5日、陸軍省から参謀部門を独立。日本における近代的軍事情報機関の出発点となる。
経済・朝 5月25日(月)発表 4月外食売上高・全国百貨店売上高 ── 消費トレンドの最新指標、高市内閣初の本格景気判断材料に
5月25日(月)、日本フードサービス協会の4月外食売上高および日本百貨店協会の4月全国百貨店売上高が公表される。インバウンド需要・物価高・賃上げが交錯する2026年春の消費動向を捉える重要指標で、高市内閣発足後初の本格景気判断材料となる。
出典: 日経マーケット
遡る軸: 日本百貨店業界の歩み ── 明治の呉服店からインバウンド時代まで
2026年 令和8年 4月百貨店売上発表・インバウンド回復継続 ── 日本百貨店協会が4月全国百貨店売上高を公表。免税売上が前年比増を維持し、インバウンド需要が国内消費の停滞を補う構図が継続。
2024年 令和6年 そごう・西武再編、ヨドバシ移転 ── セブン&アイがそごう・西武を米ファンドへ売却完了。西武池袋本店の一部にヨドバシカメラが入居する都心型百貨店再編が本格化。
2020年 令和2年 コロナ禍で百貨店壊滅打撃 ── 緊急事態宣言で全国主要百貨店が臨時休業、年間売上は4兆円台へ急減。インバウンド消滅と外出自粛のダブルパンチで業界全体が冬の時代に。
2011年 平成23年 三越伊勢丹HD発足から3年、経営統合定着 ── 2008年発足の三越伊勢丹ホールディングスが、東日本大震災の打撃を経つつ国内最大の百貨店グループとして地位を確立。
2008年 平成20年 リーマンショックで百貨店冬の時代 ── リーマン・ショック後、高額品消費が急減し百貨店売上が前年比割れ。地方百貨店の閉店ラッシュが始まる。
2003年 平成15年 そごう経営破綻処理、西武との統合進む ── 2000年に民事再生法を申請したそごうが西武百貨店との連合体制を本格化。バブル期拡大路線のツケが顕在化した象徴的事例。
1991年 平成3年 バブル崩壊、百貨店売上ピーク ── 全国百貨店売上高が9兆7000億円超でピークに。以降は長期低落傾向に転じ、業界構造の見直しが課題となる。
1980年 昭和55年 セゾン文化・西武百貨店全盛期 ── 堤清二率いる西武百貨店が「おいしい生活。」などの広告で消費文化を牽引、セゾングループとして無印良品・パルコ等を擁し若者文化の発信源に。
1973年 昭和48年 高度成長の終焉とターミナル百貨店拡大期 ── オイルショック前夜、そごう・西武・大丸・松坂屋など主要百貨店が郊外・ターミナル駅前で大型店出店を加速、地方への波及が進む。
1960年 昭和35年 高度成長期、ターミナル百貨店ブーム ── 池袋・新宿・渋谷など主要ターミナル駅周辺で百貨店の大型出店が相次ぐ。所得倍増計画期の消費爆発を受け止める存在に。
1932年 昭和7年 三越に並ぶ松坂屋・大丸・高島屋 ── 昭和恐慌を経て、三越に加え松坂屋・大丸・高島屋など老舗呉服店系百貨店が全国主要都市に出店を拡大、近代百貨店業界の基盤を形成。
1904年 明治37年 三越「デパートメントストア宣言」 ── 三井呉服店が「株式会社三越呉服店」として改組、新聞広告で米国型百貨店への転換を宣言。日本初の本格デパートメントストアの誕生。
1673年 延宝元年 三井高利「越後屋」創業 ── 三井高利が江戸本町に呉服店「越後屋」を開業。「現銀掛値なし」の正札販売で革命を起こし、後の三越・三井財閥の源流となる。
遡る軸: 日本外食産業の歩み ── ファミレス・牛丼・コンビニ食までの近代化
2026年 令和8年 4月外食売上発表・インバウンド回復継続 ── 日本フードサービス協会が4月外食売上高を公表。物価高による単価上昇と訪日客需要の追い風で、市場規模はコロナ前を超える水準を維持。
2024年 令和6年 賃上げと食材高で外食値上げラッシュ ── 人件費・原材料高を受け、マクドナルド・吉野家・サイゼリヤ等の主要チェーンが相次ぎ値上げ。低価格戦略の見直しが業界全体に広がる。
2020年 令和2年 コロナ禍で外食産業壊滅 ── 緊急事態宣言で外食需要が蒸発、居酒屋業態が特に打撃。テイクアウト・デリバリーシフトが急加速し、業界構造が一変。
2014年 平成26年 サイゼリヤ低価格戦略の成功 ── 原材料の自社調達と効率的オペレーションで、ミラノ風ドリア299円など驚異的低価格を維持。デフレ期のファミレス王者として地位確立。
2008年 平成20年 リーマンショック後の節約志向 ── リーマン・ショックを受け外食支出が縮小、低価格チェーン・社食・コンビニ食への分散が加速。中高価格帯業態が苦境に。
2000年 平成12年 マクドナルド「平日半額」戦略 ── 日本マクドナルドがハンバーガー平日半額(65円)を実施。デフレ消費の象徴となり、ファストフード価格競争を激化させた。
1990年 平成2年 居酒屋チェーン勃興・モンテローザ拡大 ── 白木屋・魚民を擁するモンテローザなど大手居酒屋チェーンが急成長、全国均一の安価な飲食空間を提供しサラリーマン文化を支える。
1982年 昭和57年 ファミレス24時間営業化進展 ── すかいらーく・デニーズなどファミリーレストランが深夜営業を拡大、コンビニとともに「眠らない都市」のインフラを構成。
1980年 昭和55年 牛丼チェーン本格化・吉野家倒産再生期 ── 吉野家が会社更生法適用を経て再生、牛丼チェーンが全国展開の安価な外食モデルとして定着。
1971年 昭和46年 KFC日本1号店・マクドナルド銀座1号店 ── 日本ケンタッキー・フライド・チキンが事業を本格化、マクドナルドが銀座三越に1号店を開業、米国型外食チェーンが日本市場に浸透し始める。
1970年 昭和45年 すかいらーく1号店開店(国立) ── 東京・国立にすかいらーく1号店が開店、セントラルキッチン方式によるファミリーレストランチェーンの先駆けとなる。
1899年 明治32年 銀座「煉瓦亭」など洋食店黎明期 ── 銀座の煉瓦亭がポークカツレツ・オムライスなど和洋折衷の洋食を提供し人気を博す。同年、吉野家も日本橋魚河岸で牛丼の原型を提供開始。日本の近代外食産業の起点。
経済・昼 日経平均65,210円 大幅続伸 ── 前週末比+1871円(+2.95%)、ドル円158円台で米中協議進展期待が支える
5月25日(月)、日経平均株価は前週末比+1871.52円(+2.95%)上昇し65,210.59円で取引。寄り付きは319.88円高の63,658.95円から急騰した。ドル円は1ドル=158.87円付近で推移し、米中協議進展期待や為替トレンドが買い材料となった。
出典: 日経マーケット
遡る軸: 日経平均株価の歴史
2026年 令和8年 日経平均65,210円(史上最高値圏) ── +1871円の大幅続伸、ドル円158円台で米中協議進展期待。
2024年 令和6年 日経平均4万円台 史上初突破 ── バブル期高値38,915円を34年ぶりに更新、新NISA・円安・半導体追い風。
2020年 令和2年 コロナショック 日経16,000円台へ急落 ── パンデミック宣言で世界同時株安、3月19日に16,358円まで下落。
2013年 平成25年 アベノミクス相場 日経1万円台回復 ── 異次元緩和を受け日経平均が1年で56%上昇、デフレ脱却期待。
2008年 平成20年 リーマン・ショック 日経7,000円割れ ── 10月28日に6,994円まで下落、バブル後最安値を更新。
2003年 平成15年 ITバブル崩壊後の底値7,607円 ── りそなショックを経て4月に日経平均がバブル後最安値を記録。
1997年 平成9年 山一證券自主廃業・金融危機 ── 北海道拓殖銀行・山一證券破綻で平成金融危機、日経1万4千円台へ。
1992年 平成4年 バブル崩壊で日経15,000円割れ ── 89年末の最高値から3年で6割下落、失われた10年の始まり。
1989年 平成元年 日経平均38,915円 史上最高値(当時) ── 12月29日大納会、バブル経済の絶頂で史上最高値を記録。
1987年 昭和62年 ブラックマンデー 日経3,836円安 ── 10月20日に過去最大の下落率14.9%を記録、世界同時株安。
1949年 昭和24年 東証再開 ダウ式平均株価算出開始 ── 戦後再開された東京証券取引所で日経平均(当時:東証修正平均)算出開始。
1878年 明治11年 東京株式取引所 設立 ── 大隈重信大蔵卿の免許により5月15日設立、6月1日売買開始。
遡る軸: 円ドル相場の歴史
経済・夜 武蔵精密工業がストップ高 ── AIデータセンター向けハイブリッドスーパーキャパシタ需要急増、南アルプス新工場の稼働前倒しを発表
自動車部品メーカーの武蔵精密工業(7220)が5月25日にストップ高買い気配。決算説明資料で、AIデータセンター向けハイブリッドスーパーキャパシタ(HSC)の需要急増を受け、2026年秋稼働予定だった南アルプス新工場の稼働を前倒しすると発表。生成AIのエネルギー課題解決の鍵として注目を集めた。
出典: Yahoo!ファイナンス / トレーダーズ・ウェブ
遡る軸: 武蔵精密工業の歴史
2026年 令和8年 AIデータセンター向けHSC需要急増・南アルプス新工場稼働前倒し ── 5月25日にストップ高買い気配。決算説明資料でAIキャパシタ需要を強調
2024年 令和6年 南アルプス新工場建設決定 ── HSC増産のため山梨県南アルプス市に新工場を計画
2021年 令和3年 武蔵エナジーソリューションズ設立 ── HSC事業を分社化し蓄電デバイス開発を加速
2018年 平成30年 ハイブリッドスーパーキャパシタ事業本格化 ── リチウムイオンキャパシタ技術を応用した次世代蓄電デバイスを発表
2015年 平成27年 海外売上比率が約7割に ── インド・北米・欧州での生産拡大、四輪・二輪向け差動装置で世界シェア上位
2008年 平成20年 リーマン・ショックによる業績悪化 ── 世界的な自動車需要減退で売上が急減、構造改革を推進
2001年 平成13年 東京証券取引所第一部上場 ── 本則市場への昇格で資金調達基盤を強化
1996年 平成8年 武蔵精密工業に商号変更 ── 事業多角化を反映し現社名へ
1985年 昭和60年 プラザ合意による円高ショック ── 輸出主導型自動車部品産業が現地生産化へ大きく舵を切る契機
1976年 昭和51年 インド進出(IND-MUSASHI設立) ── 日本の自動車部品メーカーとして早期にインド市場に進出
1966年 昭和41年 本田技研工業との取引拡大 ── ホンダの二輪・四輪向けデフギア専業メーカーとしての地位を確立
1944年 昭和19年 武蔵工業株式会社設立(豊橋市) ── 愛知県豊橋市で航空機部品製造として創業、戦後は自動車部品へ転換
遡る軸: キャパシタ・蓄電デバイスの歴史
2026年 令和8年 AIデータセンター向けHSCが脚光 ── 生成AIの電力需要急増を背景に、短時間大電流対応のキャパシタが注目される
2023年 令和5年 生成AIブームによるデータセンター電力危機 ── ChatGPT等の普及でデータセンター消費電力が世界的に急増
2010年 平成22年 リチウムイオンキャパシタ実用化 ── 高エネルギー密度と急速充放電を両立するハイブリッド型が登場
2000年 平成12年 電気二重層キャパシタ(EDLC)の自動車応用拡大 ── ハイブリッド車・回生ブレーキ用途で需要が拡大
1991年 平成3年 リチウムイオン電池の商用化(ソニー) ── 蓄電デバイス全般の高性能化が加速
1978年 昭和53年 日本でEDLC量産開始(NEC) ── 日本電気がスーパーキャパシタを世界初の量産化
1957年 昭和32年 スタンダード・オイルがEDLCを発明 ── 米国でカーボン電極を用いた電気二重層キャパシタの基本原理を特許化
1925年 大正14年 電解コンデンサの実用化 ── ラジオ放送開始期に電源平滑用として普及
1900年 明治33年 雲母コンデンサの開発 ── 無線通信の発達と共に高周波回路用コンデンサが進化
1881年 明治14年 日本電信電話事業の本格化 ── 電気通信インフラ整備に伴い蓄電・蓄電池の必要性が高まる
1746年 延享3年 ライデン瓶の発明 ── オランダ・ライデン大学でミュッセンブルークが世界初の蓄電デバイスを発明
スポーツ・朝 ドジャース大谷翔平 5/24カブス戦で空振り三振3本 ── 4打数1四球で4-6敗戦、好調期に水を差す試合に
5月24日(米国時間、日本時間25日)、ロサンゼルス・ドジャース対シカゴ・カブス戦が行われ、「1番DH」で出場した大谷翔平は4打数で空振り三振2本+見逃し三振1本+四球1本に終わった。チームは4-6で敗れ、5月好調期に一服感をもたらす試合となった。
出典: 岩手日報ONLINE
遡る軸: ロサンゼルス・ドジャースの球団史
スポーツ・昼 大相撲夏場所 千秋楽 若隆景が25場所ぶり2度目の幕内優勝 ── 大関霧島との優勝決定戦を制す、福島県出身力士の戦後初の複数優勝
2026年5月24日、両国国技館で行われた大相撲五月場所千秋楽で、東小結若隆景(31歳・福島市出身・荒汐部屋)が12勝3敗で並んだ東大関霧島との優勝決定戦を押し出しで制し、2022年春場所以来25場所ぶり2度目の幕内優勝を果たした。戦後の福島県出身力士で複数回の幕内優勝は初。技能賞も7度目の受賞。
出典: 福島民報デジタル
遡る軸: 若隆景関の歩み ── 福島の星、苦難の25場所ぶり優勝
2026年 令和8年 夏場所2度目の幕内優勝 ── 5月24日千秋楽、霧島との優勝決定戦を押し出しで制し12勝3敗で2度目の優勝。技能賞7度目。
2025年 令和7年 小結復帰 ── 右膝大怪我からの完全復活、再び三役に定着。
2023年 令和5年 幕下陥落・序二段まで番付降下 ── 名古屋場所での右膝靭帯損傷により休場を経て、序二段43枚目まで番付を落とす。
2022年 令和4年 春場所で初の幕内優勝 ── 関脇で12勝3敗、高安との優勝決定戦を制し新関脇優勝(年6場所制以降3人目)。
2021年 令和3年 新三役・小結昇進 ── 名古屋場所で新小結、その後も三役定着。三賞常連となる。
2020年 令和2年 新入幕 ── 春場所で新入幕、十両を1場所で通過しスピード昇進。
2019年 令和元年 十両昇進 ── 九州場所で新十両、関取となる。四股名「若隆景」に改名。
2017年 平成29年 大相撲初土俵 ── 三月場所で本名「大波渥」で初土俵、荒汐部屋入門。
2016年 平成28年 東洋大学相撲部で学生横綱級活躍 ── 兄・若元春に続き角界入りを決意、大学相撲で実績を積む。
2011年 平成23年 東日本大震災 ── 福島で被災 ── 16歳の高校生時代に被災、福島出身力士としての原点となる。
2003年 平成15年 荒汐部屋創設 ── 元小結大豊が独立し荒汐部屋を創設。後に若三兄弟を育てる土壌に。
1994年 平成6年 若隆景渥 福島市に生まれる ── 12月6日、元幕下大波の三男として誕生。兄に若隆元・若元春。
遡る軸: 大相撲の歴史 ── 国技館開館から令和の番付改革まで
2026年 令和8年 若隆景が25場所ぶり優勝 ── 夏場所で若隆景が優勝決定戦を制し、福島県出身力士戦後初の複数優勝。
2025年 令和7年 横綱・照ノ富士引退 ── 第73代横綱照ノ富士が引退、令和の角界に大きな空白。
2023年 令和5年 霧島が大関昇進 ── モンゴル出身の霧島(旧:霧馬山)が春場所優勝、夏場所後に大関昇進。
2021年 令和3年 白鵬が引退 ── 通算45回優勝の伝説 ── 第69代横綱白鵬が現役引退、宮城野親方となる。45回優勝は史上最多。
2011年 平成23年 大相撲八百長問題で春場所中止 ── 2月発覚の八百長問題で3月の春場所が史上初の不祥事による開催中止に。
2010年 平成22年 朝青龍が引退 ── 第68代横綱朝青龍が一連の不祥事を受け引退、25回優勝。
2003年 平成15年 貴乃花引退 ── 平成の大横綱 ── 第65代横綱貴乃花光司が引退、22回優勝。若貴ブーム終焉。
1991年 平成3年 千代の富士引退 ── 第58代横綱千代の富士貢が貴花田に敗れ引退、31回優勝の昭和最後の大横綱。
1985年 昭和60年 現・両国国技館 開館 ── 蔵前国技館に代わり、墨田区横網に新両国国技館が開館。
1947年 昭和22年 三賞制度創設 ── 殊勲賞・敢闘賞・技能賞の三賞制度が制定され、関脇以下の活躍を表彰。
1939年 昭和14年 双葉山の69連勝が止まる ── 春場所4日目に安藝ノ海に敗れ、69連勝でストップ。今なお破られぬ記録。
1925年 大正14年 財団法人大日本相撲協会 設立 ── 東西合併で財団法人大日本相撲協会(現:日本相撲協会)が設立、近代相撲の組織基盤確立。
1909年 明治42年 旧両国国技館 開館 ── 「国技」の名の起源 ── 6月、回向院境内に旧両国国技館が開館。屋外開催から常設館へ移行し「国技」という呼称が定着。
スポーツ・夜 NBAウェスト決勝 ウェンバンヤマ33得点でスパーズ103-82サンダー、シリーズ2勝2敗のタイに
NBAプレーオフ・ウエスタンカンファレンス決勝第4戦が現地24日(日本時間25日)、サンアントニオのフロストバンク・センターで行われ、スパーズがサンダーを103-82で下した。ビクター・ウェンバンヤマが33得点8リバウンド5アシスト2スティール3ブロックの全方位の活躍で前半に22点を挙げ、第1Q途中の5分8秒間サンダーを無得点に抑えた守備も光った。シリーズは2勝2敗のタイ。第5戦は27日(日本時間)にオクラホマシティで行われる。
出典: バスケットボールキング
遡る軸: ヴィクター・ウェンバンヤマとフランス・バスケットボール史
2026年 令和8年 WCF第4戦33得点でスパーズ勝利 ── ホームのフロストバンク・センターでサンダーを103-82で破り、シリーズ2勝2敗のタイ。1Q中5分8秒サンダー無得点。
2026年 令和8年 WCF初戦で40得点20リバウンド超え ── ウェスタン決勝シリーズ初戦、敵地で2OTの死闘を制する。41点24リバウンド3ブロックの怪物的スタッツ。
2025年 令和7年 NBAオールスター初選出 ── 2025年ウェスタン代表に選出。21歳で米プロバスケの頂点に名を連ねる。
2024年 令和6年 パリ五輪銀メダル ── 地元開催の五輪でフランス代表として銀メダル。決勝で米国に敗れるも世界に存在感を示した。
2024年 令和6年 新人王(ROY)獲得 ── NBA新人王。シーズン平均得点・リバウンド・ブロックいずれもトップクラスでルーキー史を塗り替えた。
2023年 令和5年 NBAドラフト全体1位指名 ── サンアントニオ・スパーズが「世代を超える才能」と評されたフランス人センターを単独1位指名。
2022年 令和4年 フランス国内リーグでMVP級活躍 ── ブローニュ・レバロワなどフランス国内で台頭。NBAスカウトが連日視察に通う異常事態に。
2021年 令和3年 ルディ・ゴベール東京五輪銀 ── フランス代表センターのゴベールが東京五輪で銀。仏センター系譜の継承を象徴。
2014年 平成26年 パーカー・ディアウらフランス勢4度目の優勝 ── トニー・パーカーとボリス・ディアウがスパーズで4度目のNBA優勝。仏選手のNBA成功例を確立。
2013年 平成25年 パーカーがユーロバスケMVP ── フランス代表をユーロバスケ初優勝に導きMVP受賞。フランス・バスケが世界の主役へ。
2001年 平成13年 トニー・パーカーNBAデビュー ── 19歳でスパーズに1巡指名され、欧州人ガードの可能性を切り開く。後の4度の優勝の起点。
1891年 明治24年 ネイスミスがバスケットボールを考案 ── カナダ人体育教師ジェイムズ・ネイスミスが米マサチューセッツのYMCAで桃の籠を用いた競技を発明。
遡る軸: サンアントニオ・スパーズの歴史
2026年 令和8年 WCF2勝2敗でサンダーと激戦 ── ウェンバンヤマ33得点でホーム連勝、シリーズタイに。新たな黄金期到来の予感。
2019年 令和元年 パーカー引退、20年Big Three時代終了 ── トニー・パーカーが現役引退。ダンカン・パーカー・ジノビリのBig Three時代に終止符。
2016年 平成28年 ダンカン引退、19年スパーズ一筋 ── ティム・ダンカンが現役引退。1997年入団以来5度の優勝に貢献した「ザ・ビッグ・ファンダメンタル」。
2014年 平成26年 5度目のNBA優勝(対ヒート) ── マイアミ・ヒートを4勝1敗で破り5度目の優勝。レナードがファイナルMVP。美しいボール回しが絶賛された。
2007年 平成19年 4度目の優勝、パーカーFMVP ── 対キャバリアーズで4-0スイープ。フランス人パーカーが初の欧州出身ファイナルMVP。
2005年 平成17年 3度目の優勝(対ピストンズ) ── デトロイト・ピストンズを4-3で破り3度目の優勝。ダンカンが3度目のファイナルMVP。
1999年 平成11年 スパーズ初優勝、ロックアウト短縮シーズン ── NBA労使交渉で短縮された50試合シーズンを制し、ニックスを4-1で破って初優勝。
1997年 平成9年 ティム・ダンカン全体1位指名 ── ウェイクフォレスト大の絶対的センターを獲得。19年に及ぶ王朝の礎が築かれた。
1996年 平成8年 ポポビッチHC就任 ── グレッグ・ポポビッチがヘッドコーチに就任。以降30年近く指揮を執る稀有な長期政権の始まり。
1976年 昭和51年 ABA吸収合併、NBA参入 ── ABA消滅に伴いスパーズはNBA加盟。ABAから移籍した4チームの1つとして現在まで存続。
1973年 昭和48年 ダラスからサンアントニオへ移転 ── チャパラルズが地元実業家グループに買収されサンアントニオへ。チーム名を「スパーズ」(拍車)に変更。
1967年 昭和42年 ABA創設・ダラス・チャパラルズ誕生 ── NBA対抗のABA創設に参画する形で「ダラス・チャパラルズ」設立。後のスパーズの原型。
ゲーム・朝 ネットマーブル『モンギル:STAR DIVE』5/25 20:00 公式生放送 vol.1 ── 5/27大型アップデート情報を先行公開
韓国ネットマーブルが日本展開するファンタジーRPG『モンギル:STAR DIVE』の公式生放送 vol.1 が、5月25日(月)20:00 よりゲーム公式 YouTube チャンネルと X で配信される。5月27日に予定されている大型アップデートの内容がいち早く紹介され、ライブ視聴特典として豪華アイテムも配布される。
出典: ファミ通
遡る軸: ネットマーブルと韓国MMORPGの歩み
ゲーム・昼 PS5/PC『007 First Light』5/27 グローバル発売 ── IO Interactive(ヒットマン開発元)が手掛ける新生ジェームズ・ボンド発祥アクション
デンマークのIO Interactive(『Hitman』シリーズ開発元)が手掛けるジェームズ・ボンド原作の新作アクションアドベンチャー『007 First Light』が、2026年5月27日にPS5・PC等で世界同時発売。若き日のボンドが00エージェントになるまでを描く完全新規シナリオで、公式トレイラー・プレオーダーが活発化している。
出典: PlayStation.Blog
遡る軸: IO Interactive とヒットマンの歩み
2026年 令和8年 007 First Light 発売 ── IO Interactive 初の自社IP外大型タイトル。ボンドの起源を描く新規シナリオでPS5/PC等に同時投入。
2021年 令和3年 Hitman 3 発売 ── World of Assassination 三部作の完結編。IO Interactive が自社パブリッシングで発売、シリーズ最大級の評価を獲得。
2018年 平成30年 HITMAN 2 発売 ── Warner Bros.パブリッシュで再起動三部作の第2弾。オープンワールド型ステルスをさらに磨き上げる。
2017年 平成29年 Square Enix から MBO 独立 ── IO Interactive がスクウェア・エニックスから経営陣買収で独立、ヒットマンIPも保持。
2016年 平成28年 HITMAN(エピソード制リブート) ── シリーズ再起動。月次エピソード配信という当時としては野心的な販売モデルを採用。
2012年 平成24年 ヒットマン アブソリューション ── 映画的演出を強化したシリーズ第5作。賛否両論ながら累計売上を底上げ。
2007年 平成19年 Kane & Lynch: Dead Men 発売 ── ヒットマン以外の新規IP。犯罪アクションとして話題を呼ぶ。
2006年 平成18年 Hitman: Blood Money ── 原型確立作。「サイレント・アサシン」評価システムが定着、シリーズ最高傑作との声も。
2002年 平成14年 HITMAN 2: サイレントアサシン ── 世界的ヒット。ステルスアクションのフォーマットを完成させた重要作。
2000年 平成12年 Hitman: Codename 47 発売 ── IO Interactive デビュー作。Eidos Interactive がパブリッシュ、エージェント47が初登場。
1998年 平成10年 IO Interactive 設立(コペンハーゲン) ── デンマーク・コペンハーゲンで創業。北欧発の世界的ステルスアクション開発元の出発点。
1987年 昭和62年 メタルギア(MSX2版)発売 ── 小島秀夫のステルスゲーム原典。「見つからない」ことを主軸にした game design がヒットマンら後続に影響。
遡る軸: 007ゲームシリーズの歴史
2026年 令和8年 007 First Light(IO Interactive) ── 長期の権利空白を経て、IO Interactive が新たに引き受けた完全新規ボンドゲーム。
2012年 平成24年 007 レジェンズ ── Activision 期最終作。歴代ボンド映画を巡るオムニバス構成も商業的に低迷。
2010年 平成22年 007 ゴールデンアイ Wii リメイク ── Activision/Eurocom 開発。ダニエル・クレイグ版ボンドで N64 名作を作り直す試み。
2008年 平成20年 007 慰めの報酬 ── 同名映画のタイアップ。Treyarch 開発の FPS で、シリーズ Activision 期を象徴。
2005年 平成17年 007 ロシアより愛をこめて(ゲーム) ── ショーン・コネリー本人が声優として再登板。EA期の意欲作。
2004年 平成16年 007 エブリシング オア ナッシング ── EA 開発のオリジナルシナリオ TPS。映画スタッフが脚本に参加。
2002年 平成14年 007 ナイトファイア ── Gearbox/Eurocom 開発の FPS。シングルプレイ・マルチプレイ共に評価された EA 期の代表作。
1999年 平成11年 007 シリーズ版権 EA へ移行 ── Nintendo/Rare から Electronic Arts に 007 ゲーム化権が移る転換点。
1997年 平成9年 ゴールデンアイ 007(N64) ── Rare 開発・任天堂発売。家庭用 FPS の歴史を変えた N64 不朽の名作。
1996年 平成8年 Nintendo 64 発売 ── N64 ローンチ。翌年のゴールデンアイ 007 が同機を代表する FPS となる土台。
1985年 昭和60年 A View to a Kill(Domark) ── 初期 PC 版ボンドゲームの代表作。映画『美しき獲物たち』タイアップ。
1983年 昭和58年 James Bond 007(Atari 2600) ── Parker Brothers 開発・Atari 2600 用ボンドゲーム。家庭用 007 ゲームの起源。
ゲーム・夜 Nintendo Switch 2 本日5/25から1万円値上げ — 国内専用版49,980円→59,980円
任天堂は5月8日に発表した価格改定を本日2026年5月25日から実施。Nintendo Switch 2 の日本語・国内専用版が49,980円から59,980円へと1万円値上げされた。多言語対応版69,980円は据え置き。古川俊太郎社長は値上げの背景として「メモリを中心とする部材価格上昇と関税措置で約1000億円規模の影響」を挙げ、特定要因ではなく中長期的な市場環境変化への対応と説明している。Nintendo Switch Online も7月1日から改定予定。
出典: ファミ通.com
遡る軸: 家庭用ゲーム機の価格戦略の歴史
2026年 令和8年 Switch 2 値上げで国内6万円台へ ── 為替・部材高騰・関税の三重苦で据置機価格は新たな水準へ。
2023年 令和5年 PlayStation 5 値上げ(60,478円→66,980円) ── SIE が円安と物価上昇を理由に日本国内のみ追加値上げを実施。
2022年 令和4年 PS5 世界的値上げ ── コロナ後の半導体不足・為替変動を受け SIE が日本以外も含めて値上げに踏み切る。
2020年 令和2年 PS5 / Xbox Series X 発売(54,978円 / 49,980円) ── 次世代機ローンチ、PS5 通常版49,980円・デジタル版43,978円の二段階構造。
2013年 平成25年 PlayStation 4 発売(39,980円) ── 日本では Xbox One より安価な戦略価格でスタート。
2006年 平成18年 PlayStation 3 発売(49,980円/59,980円) ── 高価格が販売初期の苦戦要因となり、後に値下げを実施。
2000年 平成12年 PlayStation 2 発売(39,800円) ── DVD再生機としても訴求、世界1.55億台で歴代家庭用機トップ。
1994年 平成6年 PlayStation / セガサターン 発売 ── PS 39,800円・サターン 44,800円。「プレイステーション戦争」開幕。
1988年 昭和63年 PCエンジン / メガドライブ 価格競争 ── PCエンジン24,800円・メガドライブ21,000円、ファミコンを上回るスペック競争。
1983年 昭和58年 ファミコン発売(14,800円) ── 玩具価格帯に家庭用ゲーム機を押し込んだ価格設計。
1977年 昭和52年 カラーテレビゲーム15(15,000円) ── 任天堂初の家庭用ゲーム機、当時のテレビ周辺機器として登場。
1975年 昭和50年 エポック社「テレビテニス」発売(19,500円) ── 日本初の家庭用ビデオゲーム機。家庭用ゲーム機市場の原点。
1972年 昭和47年 マグナボックス・オデッセイ発売(米) ── 世界初の家庭用ゲーム機。家庭用ゲーム機ビジネスのプロトタイプ。
1889年 明治22年 任天堂骨牌 創業(花札製造) ── 山内房治郎が京都で創業。後の家庭用ゲーム機価格戦略の出発点となる企業の起源。
エンタメ・朝 フジテレビ系月9『サバ缶、宇宙へ行く』第7話 5/25(月) 21時放送 ── 北村匠海初の教師役、新規ゲストキャスト追加
フジテレビ系列月9ドラマ『サバ缶、宇宙へ行く』(主演:北村匠海)の第7話が、5月25日(月)21時より放送される。北村匠海にとって初の教師役となる同作は、新ゲストキャストの追加も発表され、終盤戦に向けて視聴率拡大を狙う展開。月9枠は1987年「ワンダ ふしぎ大放送!?」開始以来、日本ドラマ文化の象徴的存在として続いている。
出典: docomo dメニュー
遡る軸: 北村匠海の歩み ── 子役からDISH//ボーカル・俳優へ
遡る軸: フジテレビ月9ドラマの歴史 ── 1987年開始の月曜夜21時枠
エンタメ・昼 NHK朝ドラ『風、薫る』第8週放送中 ── 見上愛×上坂樹里W主演、明治期トレインドナースを描く骨太バディドラマ
2026年4月期NHK連続テレビ小説『風、薫る』は見上愛(一ノ瀬りん役)・上坂樹里(大家直美役)のW主演で明治期2人の正規訓練看護師を描く。5/25時点で第8週、28話までの平均世帯視聴率13.79%は前作『ばけばけ』15.2%を1.4pt下回るが、リアルな手術シーンと骨太ドラマ展開で評価上昇中。
出典: ORICON NEWS
遡る軸: 見上愛の歩み — 東京の高校生から朝ドラヒロインまで
2026年 令和8年 朝ドラ『風、薫る』W主演 ── NHK連続テレビ小説で一ノ瀬りん役、上坂樹里とW主演。明治期トレインドナースを演じる。
2025年 令和7年 映画『国宝』藤駒役で第49回日本アカデミー賞 新人俳優賞 ── 李相日監督・吉沢亮主演の話題作で重要役を務め、新人賞を受賞。
2024年 令和6年 大河ドラマ『光る君へ』藤原彰子役 ── 一条天皇の女御から太皇太后までを演じる長期出演で評価確立。
2023年 令和5年 ドラマ『往生際の意味を知れ!』日下部日和役 ── MBS/TBS ドラマイズム枠でヒロイン主演、主人公の元恋人役。
2022年 令和4年 ドラマ『liar』成田操役で地上波ドラマ初主演 ── MBS ドラマイズム枠、佐藤大樹とW主演で地上波初主演を飾る。
2021年 令和3年 NHKドラマ『きれいのくに』凜役 ── 加藤拓也脚本・演出のNHK話題作で高校生・凜役。演技派として注目される転機作。
2019年 令和元年 テレビドラマ初出演 ── 日本テレビ系のテレビドラマでデビュー、女優としての本格活動が始まる。
2018年 平成30年 芸能事務所トライストーン・エンタテイメント所属 ── 長澤まさみ・新田真剣佑らが所属する大手事務所に所属、女優としての本格活動準備期。
2000年 平成12年 東京都に生まれる(10月26日) ── 東京都出身。後の朝ドラヒロインがこの日この街に誕生した。
エンタメ・夜 武藤千春(元E-girls/Flower)結婚を電撃発表 ── 顔出しウエディングフォト公開、二拠点起業家・農業実践者として歩む"卒業後の女性アーティスト"の新しい姿
元Flower/E-girlsメンバーで現在は実業家・ファッションブランド「BLIXZY」クリエイティブディレクターとして活躍する武藤千春(30)が、本日5/25にSNSで結婚を発表。「かねてよりお付き合いしていた方と入籍しました」とコメントし、お相手の顔出しウエディングフォトも公開して反響を呼んでいる。2014年にE-girls脱退・海外留学、2015年にBLIXZY立ち上げ、2020年に長野県小諸市と東京の二拠点生活を開始しフードロス削減活動にも取り組むなど、アイドル卒業後のキャリア多様化を象徴する一人。
出典: モデルプレス
遡る軸: 武藤千春の歩み ── Flower/E-girls卒業から実業家・二拠点ライフへの転身
2026年 令和8年 5/25 結婚を電撃発表・お相手顔出しウエディングフォト公開 ── SNSで「かねてよりお付き合いしていた方と入籍しました」と報告、お相手のウエディングフォトも公開、ファンや業界から祝福のコメントが相次ぐ。
2020年 令和2年 長野県小諸市に移住・東京との二拠点生活を開始 ── コロナ禍を契機に長野県小諸市へ移住、農業と都市での事業運営を両立する二拠点ライフを開始、アイドル卒業組の地方移住事例として注目。
2015年 平成27年 ファッションブランド「BLIXZY(ブライジー)」設立 ── 2月16日に自身のユニセックスストリートブランドを発表、女の子発信のメンズファッションという新コンセプトでCD・モデル・プロモーションを全て自身でトータルプロデュース。
2014年 平成26年 10/12 E-girls/Flower脱退発表 ── 海外留学を理由に ── 海外留学を理由にE-girls・Flower脱退を発表、10/26のEXILE TRIBEライブが最後の活動に、グループ最盛期の卒業として話題に。
2011年 平成23年 VOCAL BATTLE AUDITION 3合格・Flower/E-girls加入 ── LDH主催「VOCAL BATTLE AUDITION 3」のボーカル部門に合格、女性グループFlower・E-girlsに加入しデビュー、15歳の若さでLDH女性ボーカル路線の中核に。
1995年 平成7年 4/3 東京都で誕生 ── 東京都生まれ、後にFlower/E-girlsメンバーから実業家・農業実践者へと転身する武藤千春の出発点。
遡る軸: LDH女性ヴォーカル/パフォーマー史 ── EXILEから派生したガールズグループ20年
2026年 令和8年 5/25 元E-girls武藤千春が結婚・卒業組の人生選択が多様化 ── E-girls/Flowerメンバーだった武藤千春が結婚を電撃発表、卒業後に実業家・移住・農業と多角化したキャリアが新たな注目を集める。
2020年 令和2年 E-girls解散 ── 全メンバーソロ・新グループへ ── 12月31日をもってE-girlsが解散、Dream Ami・楓・藤井萩花・YURINOらが個別活動に移行、ガールズグループ集合体モデルが一区切り。
2015年 平成27年 E-girls最盛期 ── 「Anniversary!!」紅白初出場 ── 「Anniversary!!」がオリコン1位、第66回NHK紅白歌合戦初出場(2014年大晦日)、メンバー20人超の大所帯ガールズグループの頂点期。
2014年 平成26年 武藤千春ら主要メンバーの脱退ラッシュ始まる ── 10月に武藤千春が脱退、その後も主要メンバーの卒業が相次ぎ、大規模ガールズグループ運営の難しさが顕在化、後の解散への布石に。
2011年 平成23年 E-girls結成 ── Dream/Happiness/Flowerの統合体 ── 既存のDream・Happiness・Flowerに加え新たなメンバーを集めたガールズグループ集合体としてE-girls結成、AKB48型大所帯モデルのLDH版として始動。
2009年 平成21年 Happiness結成・EXPG女性メンバーの本格デビュー ── EXPG STUDIO出身の女性パフォーマー/ボーカルによるHappinessが結成、AYA・KAEDE・MIYUUらでLDH女性ダンス&ボーカルの礎を築く。
2001年 平成13年 EXILE結成 ── HIROによる男女両輪エンタメ構想の起点 ── J Soul Brothersの前進グループからHIROがEXILEを結成、後にLDH(2003年設立)による男女両軸のエンタメ事業展開の出発点となる。
1991年 平成3年 HIROがZOOで「Choo Choo TRAIN」ブレイク ── LDH源流の誕生 ── HIRO(五十嵐広行)がダンス&ボーカルグループZOOで「Choo Choo TRAIN」を大ヒットさせ、後のEXILE/LDH帝国の人材的・思想的源流となる。
インフルエンサー・朝 VTuber事務所認知率調査2026:にじさんじ・ホロライブが90%超 ── ANYCOLOR新人20人デビュー継続、ホロライブ少数精鋭で差別化
2026年5月公表の調査で、VTuberファンの間でにじさんじ・ホロライブの認知率が90%超え、ぶいすぽっ!・あおぎりも70%超えと、VTuber業界の認知が一般化したことが判明。同調査の話題化中、ANYCOLOR(にじさんじ運営)が新人約20人規模のデビューを継続する一方、カバー(ホロライブ運営)は少数精鋭路線を維持、両社の戦略コントラストが業界を象徴している。
出典: MoguLive
遡る軸: にじさんじとANYCOLORの歩み
2026年 令和8年 新人20名規模デビュー継続、戦略差鮮明化 ── 認知率調査で90%超を記録する中、ANYCOLORは大量デビュー路線、ホロライブは少数精鋭路線を維持。両社のコントラストが業界を象徴。
2024年 令和6年 にじさんじEN競合の動き ── ホロライブのメタバース展開「Holoearth」に対し、にじさんじENがグローバル戦略を強化。海外ライバー層の差別化を進めた。
2023年 令和5年 不適切発言問題と対応強化 ── 所属ライバーの不適切発言が相次ぎ、ANYCOLORがコンプライアンス体制を強化。卒業・契約解除の判断基準も整備された。
2022年 令和4年 ANYCOLOR 東証グロース上場 ── 6月8日、社名を「いちから」から「ANYCOLOR」に変更後、東証グロース市場に上場。VTuber事務所初の本格的な上場企業となった。
2021年 令和3年 海外多言語展開拡大 ── にじさんじID(インドネシア)/EN(英語圏)/KR(韓国)など多言語展開を加速。グローバルVTuber市場の開拓を本格化させた。
2020年 令和2年 葛葉・叶らが登録者数で急成長 ── コロナ禍の巣ごもり需要を背景に、葛葉・叶を中心とした男性ライバーが100万人規模に成長。「ChroNoiR」など人気ユニットも誕生。
2019年 令和元年 ライバー総数100人突破、業界最大規模化 ── 次々と新人をデビューさせる「大量輩出」戦略でライバー総数が100人を突破。VTuber業界最大の事務所となった。
2018年 平成30年 にじさんじプロジェクト発表 / 1期生デビュー ── 2月8日、株式会社いちからが「にじさんじプロジェクト」を発表。月ノ美兎・樋口楓・静凛ら1期生8名がデビューし、組織型VTuberの先駆けとなった。
2017年 平成29年 株式会社いちから設立 ── 田角陸が代表となり、株式会社いちから(現ANYCOLOR)を設立。後のにじさんじプロジェクト立ち上げの母体となる。
2016年 平成28年 個人VTuber時代の萌芽 ── キズナアイのデビューを契機にバーチャルYouTuberという概念が誕生。個人勢中心の黎明期から組織化への流れが始まる。
2014年 平成26年 ライブ配信文化の浸透 ── ニコニコ生放送・YouTube Liveなどライブ配信プラットフォームが定着。視聴者との双方向コミュニケーション文化が育つ。
2011年 平成23年 ニコニコ動画歌い手・実況時代 ── 「歌ってみた」「ゲーム実況」など、顔出ししない演者文化がニコニコ動画で全盛期を迎える。後のVTuber文化の土壌となった。
2007年 平成19年 ニコニコ動画(RC)正式版でユーザー文化開花 ── ドワンゴが運営するニコニコ動画(RC)が正式リリース。コメント弾幕文化が花開き、日本独自の動画コミュニティが誕生した。
インフルエンサー・昼 じゅんや(@junya1gou)YouTube主戦場で日本2位の登録者数 ── 米Collab Asia所属、TikTok発・無言の身体芸でグローバル人気の日本人YouTuber
大阪府出身の覆面YouTuber「じゅんや」が、米Collab Asia所属体制でYouTubeを主戦場に活動を継続。TikTok時代に世界を席巻した無言・短尺・身体芸のフォーマットをShortsと通常動画に拡張し、HIKAKINに次ぐ日本人YouTuber登録者数2位の規模を維持している(2026年5月時点)。
出典: find model(インスタラボ)
遡る軸: じゅんや(@junya1gou)の歩み
遡る軸: 日本人グローバルYouTuberの歩み
インフルエンサー・夜 Twitch、収益化ツールを全配信者へ全面解禁 ── 5/13世界展開発表、サブスク/Bits/エモートが誰でも使える時代へ、アフィリエイト基準も6月に4時間/4日へ緩和
Amazon傘下の世界最大ゲーム配信プラットフォームTwitchは5月13日(現地時間)、これまでアフィリエイト/パートナー資格者に限定していたChannel Points・Subscriptions・Emotes・Badges・Bitsの収益化機能群を全ストリーマーへ順次解禁すると公式ブログで発表した。米国先行ローンチに続き同日から1週間かけて全世界で段階展開。さらに6月初旬にはアフィリエイト資格基準を「配信時間8時間→4時間、配信日数7日→4日」に緩和し、報酬受取の50ドル下限到達前でも残高でBitsやギフトサブスクを購入できる「Spendable Balance」も導入予定。
出典: Twitch公式ブログ
遡る軸: Twitchの歴史 ── Justin.tvから世界最大ゲーム配信プラットフォームへ
2026年 令和8年 5/13 収益化ツールを全配信者へ全面解禁 ── Channel Points・サブスク・エモート・バッジ・Bitsをアフィリエイト/パートナー以外にも順次開放、米国先行→1週間かけて全世界展開。
2026年 令和8年 6月 アフィリエイト基準緩和(8時間→4時間、7日→4日) ── 配信実績要件を半減、Spendable Balance導入で50ドル下限到達前でも残高でBits購入/ギフトサブスク可能に。
2023年 令和5年 韓国撤退・帯域コスト問題が表面化 ── 2月に韓国でVOD/クリップ無効化、12月にサービス完全撤退。配信プラットフォームの地域別運営コスト問題の象徴に。
2020年 令和2年 コロナ禍で配信視聴時間が爆発的拡大 ── 巣ごもり需要で月間視聴時間が前年比83%増、世界最大ゲーム配信プラットフォームの地位を盤石にする転機に。
2018年 平成30年 Ninja「Fortnite × Drake」配信で同時視聴63万人記録 ── ストリーマーNinjaがDrake/Travis Scottらと配信した「Fortnite」プレイが同時視聴者世界記録を更新、ゲーム配信が大衆文化の中心に。
2014年 平成26年 8/25 Amazonが9.7億ドルで買収 ── AmazonがTwitch Interactiveを全額現金で買収、9/25取引完了。GoogleのYouTube買収競合に勝利。
2014年 平成26年 2月 親会社Twitch Interactive に改名・8/5 Justin.tv 終了 ── 親会社がJustin.tv からTwitch Interactiveへ改名、Amazon買収後にJustin.tv本体は完全終了。
2011年 平成23年 6/6 Twitch.tv 公開ベータ開始 ── ゲーム配信特化サービス誕生 ── Justin.tvのゲームカテゴリをスピンオフ、ゲーム配信特化プラットフォームとして独立。eスポーツ・配信者文化の基盤に。
2007年 平成19年 Justin.tv 創業 ── 24時間生活配信から始まる ── ジャスティン・カン、エメット・シア、マイケル・サイベル、カイル・ヴォクトの4人がサンフランシスコで創業、カンの24時間ライフキャスティングが起点。
遡る軸: 配信者収益化の歴史 ── 投げ銭からサブスク・スパチャまで
2026年 令和8年 5/13 Twitch収益化ツール全配信者解禁 ── サブスク・Bits・エモート等を資格不問で開放、配信収益化の民主化が決定的局面へ。
2024年 令和6年 TikTok LIVE が日本ライバー業界の主戦場へ ── 17LIVE・ふわっち等の既存ライブ配信を超える勢いでTikTok LIVEが日本のライバー事務所所属者の主要収益源に。
2020年 令和2年 コロナ禍で投げ銭文化が定着 ── 巣ごもり需要でYouTube Live・Twitch・17LIVE全プラットフォームの投げ銭/サブスク収益が急増、配信が職業として認知される転機。
2017年 平成29年 YouTube スーパーチャット導入(1月) ── YouTubeがライブ配信向け投げ銭機能「スーパーチャット」を世界展開、後のVTuber経済圏を支える基幹機能に。
2017年 平成29年 9月 17LIVE 日本サービス開始 ── 台湾発のライブ配信アプリが日本進出、スマホ1台で個人が投げ銭収益化できる時代を本格化。
2013年 平成25年 Patreon 創業 ── ファンサブスクモデルの先駆け ── ミュージシャンのJack ConteとSam Yamがサンフランシスコで創業、クリエイターが月額継続支援を受ける仕組みを確立。
2011年 平成23年 Twitch サブスクリプション機能導入 ── パートナー配信者向けに月額サブスク機能を実装、視聴者→配信者の継続収益モデルを確立。
2007年 平成19年 YouTubeパートナープログラム開始(5月) ── YouTubeが動画クリエイターに広告収益分配を開始、「動画投稿で生計を立てる」職業=YouTuberの制度的起点。
2007年 平成19年 12/25 ニコニコ生放送開始 ── 日本独自の配信文化 ── ドワンゴがニコニコ動画上にライブ配信機能を実装、コメント弾幕付き個人配信という日本独特の配信文化の原点に。
2005年 平成17年 YouTube 創業 ── 動画クリエイターという職業の前提 ── チャド・ハーリーら3名がサンフランシスコで動画共有サービスを創業、後の配信収益化文化の前提となる動画消費習慣を作る。
1925年 大正14年 3/22 ラジオ本放送開始 ── 受信料という「配信収益化」の原型 ── 社団法人東京放送局がラジオ本放送開始、聴取者→放送局の受信料制度が後のサブスク収益モデルの原型に。
ガジェット・朝 Google Pixel 10a 日本版限定カラー「Isai Blue」5/20発売 ── 日本市場専用色で AIエージェント「Gemini Live」対応
Googleの廉価Pixelシリーズ最新作「Pixel 10a」の日本版限定カラー「Isai Blue(イサイブルー)」が、5月20日(水)から日本国内で販売開始された。Google I/O 2026で発表されたGemini 3.5 FlashおよびGemini Live(AIエージェント)に対応し、定価8万9900円。日本市場限定カラーの設定は、Googleの日本での本格的シェア拡大戦略を象徴する。
出典: ケータイ Watch
遡る軸: Google Pixel スマートフォンの歴史
遡る軸: 廉価版スマートフォン市場の歴史 ── iPhone SE から各社「a」シリーズへ
ガジェット・昼 Apple WWDC26 6/8開幕予告 ── iOS 27/macOS 27 発表予定、3月発売のM5 MacBook Air/Pro・iPhone 17e に続く Apple 主要イベント
Appleの世界開発者会議「WWDC 2026」が2026年6月8日(月)から米クパチーノで開催予定で、5月25日(月)時点で公式予告ページが公開中。iOS 27・macOS 27・visionOS 3 など各プラットフォーム次期OSの方向性、Apple Intelligence のさらなる進化が中心議題となる見込み。3月発売のM5シリーズに続く今年最大のソフトウェア発表機会となる。
出典: Apple Events 公式
遡る軸: Apple WWDCの歴史 ── 1983年初開催から AI時代の開発者会議へ
遡る軸: Apple Silicon Mac の歴史 ── Mac の CPU 大遷移と自社設計チップ
ガジェット・夜 ソニー、デジタル一眼カメラ「α7R VI」を発表 — 約6680万画素 積層型CMOS搭載、6/5発売
2026年5月13日、ソニーはαシリーズ最高解像のフルサイズミラーレス「α7R VI」(ILCE-7RM6)を正式発表した。新開発の積層型CMOSセンサーで有効約6680万画素、画像処理エンジンBIONZ XR2との組み合わせで最高30コマ/秒の高速連写、ブラックアウトフリー、プリ撮影、リアルタイム認識AF+を実現。8K 30p / 4K 120p動画にも対応。市場推定価格は約74万円で、5月19日10時に予約開始、6月5日発売予定。「Rの系譜」は2013年初代α7Rから数えて13年・第6世代目に突入する。
出典: ソニー ニュースリリース
遡る軸: ソニー α7R シリーズと高画素フルサイズの13年
2026年 令和8年 α7R VI 発表(6680万画素・積層型・30コマ/秒) ── 2026/5/13発表、6/5発売。Rシリーズ初の積層型センサーで高画素と高速連写を両立。
2023年 令和5年 α7CR 発売 — 小型ボディに6100万画素 ── α7Rの心臓部をコンパクトボディに移植。「持ち歩ける高画素機」という新ジャンルを開拓。
2022年 令和4年 α7R V 発売 — AI処理ユニット搭載 ── 専用AIプロセッサで被写体認識AFが進化。動画記録は8K 24pに到達。
2019年 令和元年 α7R IV 発売 — 6100万画素の衝撃 ── フルサイズ史上初の6000万画素超え。35mm判で中判に迫る解像力を達成。
2017年 平成29年 α7R III 発売 — 高画素機がスポーツ撮影圏に ── 4240万画素のまま10コマ/秒連写を実現し「Rは遅い」という固定観念を覆す。
2015年 平成27年 α7R II 発売 — 世界初の裏面照射型フルサイズ ── 4240万画素・裏面照射型CMOSで暗所性能と高画素を両立。動画も4K内部記録対応。
2013年 平成25年 α7R 発売 — 世界最小フルサイズミラーレス始動 ── 3640万画素・ローパスフィルターレス。一眼レフの牙城だった高画素ジャンルにミラーレスで参戦。
2010年 平成22年 ソニー NEX-5 — APS-Cミラーレス黎明 ── Eマウントの始祖。後のフルサイズα7シリーズの礎となる小型ボディ思想を確立。
2006年 平成18年 ソニー、コニカミノルタからカメラ事業を継承 ── α100発売。ミノルタAマウント資産を引き継ぎ、ソニーが本格的にレンズ交換式カメラ市場へ参入。
1946年 昭和21年 東京通信工業(現ソニー)創業 ── 井深大・盛田昭夫が日本橋で創業。家電・オーディオから撮像素子・カメラへと拡張する原点。
遡る軸: 日本のカメラ産業 — ミラーレス革命までの150年
2026年 令和8年 α7R VI で積層型・高画素・8K動画が一体に ── 日本製ミラーレスが「写真機」の枠を越え、シネマ機・中判機の領域まで侵食。
2018年 平成30年 キヤノン EOS R / ニコン Z 7 発売 ── フルサイズミラーレス戦争に老舗一眼レフ2大メーカーが本格参戦。ソニーの独走時代が終結。
2013年 平成25年 ソニー α7 / α7R 発売 — 世界初フルサイズミラーレス ── レンズ交換式フルサイズ機の小型化が一気に進み、業界の重心が一眼レフからミラーレスへ。
2009年 平成21年 オリンパス PEN E-P1 発売 ── 世界最小・最軽量のレンズ交換式デジタル機。「持ち歩けるシステムカメラ」を再発明。
2008年 平成20年 パナソニック LUMIX DMC-G1 — 世界初ミラーレス一眼 ── マイクロフォーサーズ規格の最初の製品。光学ファインダーを捨てた英断がミラーレス時代を開く。
1999年 平成11年 ニコン D1 発売 — プロ用デジタル一眼の幕開け ── 実売65万円で報道現場に普及。銀塩からデジタルへの転換点となった国産機。
1959年 昭和34年 ニコンF 発売 — 日本製一眼レフの完成形 ── システム一眼レフという概念を確立。報道カメラの世界基準を日本が握った象徴。
1954年 昭和29年 ライカM3 発売 — レンジファインダーの頂点 ── バヨネットMマウントを採用。日本メーカーが目指すべき技術的目標であり続けた。
1934年 昭和9年 精機光学研究所(後のキヤノン)設立 — カンノン試作 ── 日本初の35mm判フォーカルプレーン式カメラ「カンノン」試作。観音菩薩に由来。
1917年 大正6年 日本光学工業(現ニコン)設立 ── 三菱の出資で軍需光学機器メーカーとして発足。戦後のニコンブランドの源流。
1903年 明治36年 小西六(現コニカ)、国産初のブランド付カメラ「チェリー手提用暗函」発売 ── 杉浦六三郎が1873年(明治6年)に創業した小西屋六兵衛店が、国産カメラの第一歩を刻む。日本のカメラ産業の起点。
AI・朝 日経クロストレンド「Claude 入門」5/25公表 ── 最大100万トークン読み込み・GeminiやChatGPT圧倒、業務で重宝するAI
日経クロストレンドが2026年5月25日(月)に公表した記事「GeminiやChatGPT圧倒、仕事で重宝、今さら聞けないAI「Claude」入門」では、Claude最新の4.7シリーズが一度に約100万トークン(書籍数十冊分相当)を読み込める能力を紹介。コーディング・長文ドキュメント解析で他社AIを圧倒するとして、業務利用面でのClaudeの優位性を解説している。
出典: 日経クロストレンド
AI・昼 OpenAI、ChatGPT既定モデルを GPT-5.5 Instant に切替 ── ハルシネーション52.5%減・AIME 2025スコア65.4→81.2へ
2026年5月初頭、OpenAIはChatGPTの既定モデルをGPT-5.5 Instantへ段階展開し、従来のGPT-5.3 Instantを置換。高リスク質問でのハルシネーションは52.5%削減、数学AIME 2025スコアは65.4→81.2点へ大幅向上。5/25時点で日本のユーザーも全面切替を体感し、各メディアが性能検証を続報中。
出典: XenoSpectrum
遡る軸: OpenAI と ChatGPT の歩み
AI・夜 Google「Gemini Spark」段階展開を継続 ── 24時間自律稼働のパーソナルAIエージェント、5/25に gemini-3.1-flash-lite-preview シャットダウン
Googleが Google I/O 2026 で発表したパーソナルAIエージェント「Gemini Spark」が、本日5/25時点でも段階展開を継続中。最新モデル「Gemini 3.5」をベースに、ノートPC・スマホの画面をロックしてもクラウド上で24時間タスクを遂行する「常時駆動エージェント」として位置付けられ、Gmail/ドキュメント/スライドと統合した複数タスク自動実行に対応。同日5/25には旧軽量モデル gemini-3.1-flash-lite-preview のシャットダウンも予定され、Gemini系列の世代交代が一段と進む節目となる。
出典: ITmedia NEWS
遡る軸: Googleの歩み
遡る軸: DeepMind と Google の AI 統合史
レトロ・朝 トキワ荘通り昭和レトロ館「あの頃のあそびとぼくらの時間」企画展開催中 ── 4/25-9月、毎週土曜にレトロゲーム体験イベント
東京・豊島区南長崎の「トキワ荘通り昭和レトロ館」(公益財団法人としま未来文化財団運営)で、令和8年4月25日(土)から企画展「あの頃のあそびとぼくらの時間」が開催中。5月以降は毎週土曜の午後にレトロゲーム体験、けん玉・コマ・きけんなあそび体験などのイベントを実施。1953年〜1962年にかけて手塚治虫・藤子不二雄・赤塚不二夫等の漫画家が住んだ「トキワ荘」をモチーフとした文化施設として、昭和レトロを次世代に伝える役割を担う。
出典: PR TIMES(としま未来文化財団)
遡る軸: トキワ荘と昭和漫画家黄金期
遡る軸: 日本のレトロゲーム保存・体験文化
レトロ・昼 平成リバイバル全盛 ── サン宝石・セボンスター ブーム再燃、2026年TVアニメ化決定で「令和キッズ」にも浸透
Z世代を中心に平成リバイバルが大ブーム。サン宝石(平成女児定番のおもちゃ・アクセ)、セボンスター(カバヤの宝石型ラムネ菓子)が大人女子と令和の小学生から大人気。サン宝石は2026年内TVアニメ化決定、復刻商品の在庫切れも相次ぐ。神戸・池袋など全国百貨店「平成レトロ展」も盛況。
出典: BM Peekaboo
遡る軸: サン宝石・セボンスターの歩み
2026年 令和8年 サン宝石 TVアニメ化決定 ── 平成女児玩具の代表格・サン宝石が令和キッズ向けTVアニメ化。復刻商品の在庫切れも続出する社会現象に。
2025年 令和7年 平成リバイバルでセボンスター再ブーム ── Z世代SNSで宝石型ラムネ菓子セボンスターが再注目。コンビニ・スーパー陳列棚で品薄状態に。
2020年 令和2年 カプセルトイ市場 過去最高規模へ ── コロナ禍の巣ごもり需要でガチャガチャ市場が拡大。専門店「ガシャポンのデパート」全国展開。
2010年 平成22年 サン宝石 通販事業を本格化 ── 少子化で店頭販売が縮小する中、サン宝石は通販カタログ・EC事業に軸足を移し平成女児文化を維持。
2001年 平成13年 食玩ブームのピーク ── チョコエッグ・北斗の拳ボトルキャップ等で食玩市場が爆発。セボンスターもおもちゃ付き菓子の代表格として浸透。
1995年 平成7年 プリント倶楽部発売 シール文化爆発 ── アトラス・セガによりプリクラ初号機発売。サン宝石のシール・ステッカー商品需要を後押し。
1991年 平成3年 100円ショップ ダイソー業態確立 ── 大創産業が100円ショップ業態を確立。子供向け雑貨流通の選択肢が広がりサン宝石型商品も拡大。
1987年 昭和62年 サン宝石「ジュエルポーチ」大ヒット ── 昭和末期、サン宝石の宝石風アクセサリーが小学生女児に爆発的人気。文房具店・駄菓子屋で定番化。
1979年 昭和54年 カバヤ食品 セボンスター発売 ── カバヤ食品が宝石型ラムネ+ペンダント付き菓子セボンスターを発売。以後40年超のロングセラー商品に。
1977年 昭和52年 大創産業(ダイソー)設立 ── 矢野博丈が広島で大創産業を設立。後年100円ショップ業態でサン宝石型雑貨流通の主役へ。
1970年 昭和45年 カプセルトイ ガチャガチャ全国展開 ── 1965年米国から輸入されたカプセルトイが70年代に全国の駄菓子屋・スーパー店頭に普及。
1946年 昭和21年 カバヤ食品 創業 ── 戦後混乱期に岡山で創業。キャラメル・ラムネを軸に成長し後年食玩の代表企業となる。
1927年 昭和2年 江崎グリコ おまけ付き菓子発売 ── 日本最初の食玩。子供菓子におもちゃを添える文化の原点となり後のセボンスター・食玩文化に直結。
遡る軸: 平成リバイバル文化の歴史
2026年 令和8年 平成レトロ展 全国百貨店で続々開催 ── 大丸松坂屋「NEO平成レトロ展」神戸、東武百貨店「昭和・平成レトロな世界展」池袋など、Z世代主導で文化的高揚期へ。
2024年 令和6年 Y2Kファッション 第二波ブーム ── ローライズ・厚底ブーツ・小さめバッグ等Y2Kスタイルが再流行。SHIBUYA109が再びZ世代の聖地に。
2023年 令和5年 PHSサービス完全終了 ── 3月31日、Y-mobileのPHSサービスが終了し28年の歴史に幕。平成の象徴的通信機器が消滅。
2022年 令和4年 Z世代の「平成レトロ」ブーム拡大 ── TikTok・Instagramでギャル文化・たまごっち・写ルンですが再評価。Z世代が「親世代の文化」として消費。
2018年 平成30年 aibo復活 ソニー新型発売 ── 2006年生産終了の犬型ロボットaiboが12年ぶりに復活。平成テクノロジーの象徴的再生となる。
2008年 平成20年 iPhone日本上陸 ガラケー時代の終焉 ── ソフトバンクがiPhone 3Gを発売。日本独自進化を遂げた「ガラパゴス化」フィーチャーフォン文化が転換点に。
1999年 平成11年 iモードサービス開始 ── NTTドコモが世界初の携帯IP接続サービス開始。ガラケーがネット端末化し平成中期の通信文化を形成。
1997年 平成9年 たまごっち社会現象 コギャル全盛 ── バンダイのたまごっちが品薄騒動を起こす爆発的ヒット。ルーズソックス・ガングロのコギャル文化も全盛期。
1996年 平成8年 プリクラ・ポケベル 女子高生文化開花 ── プリント倶楽部とポケットベルが女子高生の必須アイテムに。「ポケベル番号文化」が平成的コミュニケーションを象徴。
1995年 平成7年 Windows 95発売 PHS開始 ── 11月Windows 95日本語版発売で深夜の秋葉原に行列。同年PHSサービス開始で「ピッチ」が若者必携に。
1993年 平成5年 ルーズソックス 女子高生制服文化拡大 ── 原宿・渋谷を中心にルーズソックスが女子高生制服の必須アイテム化。後のコギャル文化の土台となる。
1989年 平成元年 昭和から平成へ 改元 ── 1月8日、平成改元。バブル景気の頂点で始まり後にリバイバル対象となる「平成文化」の起点となる。
1986年 昭和61年 写ルンです発売 使い捨てカメラ革命 ── 富士フイルムがレンズ付きフィルム「写ルンです」発売。平成女子高生の必携品となり後年Z世代のレトロアイテム化。
1979年 昭和54年 SHIBUYA109オープン ── 4月28日渋谷に109オープン。後年ギャル・コギャル文化の聖地となり平成リバイバルの象徴的拠点に。
レトロ・夜 EGGコンソール第100弾 ── T&E SOFTの『レイドック2 LAST ATTACK MSX2+』、Switch向けに復刻配信
D4エンタープライズが運営するレトロゲーム配信サービス「EGGコンソール」の第100弾タイトルとして、1988年に発売されたMSX2+用シューティングゲーム『レイドック2 LAST ATTACK』が、2026年5月21日にNintendo Switch向けに配信開始された。T&E SOFTの「レイドック」シリーズ完結編で、当時の難易度・縦横スクロール・成長要素をそのまま再現。プロジェクトEGGによるレトロPCゲーム復刻事業の節目となる。
出典: PR TIMES(D4エンタープライズ)
遡る軸: レトロPCゲーム復刻事業 ── プロジェクトEGGの歩み
遡る軸: T&E SOFTとMSXシューティング ── 復刻された名門ソフトハウス
アニメ・朝 2026年春アニメ 5月下旬・第8話前後の佳境戦線 ── 春クール各話のクライマックス進行中、配信プラットフォームも視聴拡大
2026年4月開始の春アニメ群が、5月下旬に第7話・第8話の佳境戦線を迎えている。各放送局の春クールアニメは中盤の重要回が続き、Netflix・Crunchyroll・Amazon Prime Video など複数プラットフォームでの世界同時配信も継続。アニメ業界は配信時代の主要収益源として高度に進化している。
出典: ORICON NEWS
遡る軸: アニメ配信プラットフォームの歴史
遡る軸: 日本テレビアニメの歴史
2026年 令和8年 春アニメシリーズ放送中 ── 配信時代の主力メディアとして春クール各作品が日本国内・海外同時で第7-8話佳境を迎える。
2024年 令和6年 『鬼滅の刃 柱稽古編』放送 ── ufotable制作の人気シリーズ第4期が放送、最終章「無限城編」への橋渡しとして話題に。
2023年 令和5年 配信時代の覇権コンテンツ拡大 ── 『【推しの子】』『葬送のフリーレン』などが世界配信で人気を獲得し、日本アニメのグローバル化が加速。
2020年 令和2年 『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が興収400億超 ── 日本歴代興行収入1位を更新、コロナ禍にも関わらず社会現象に。
2016年 平成28年 『君の名は。』が興収250億 ── 新海誠監督作品が大ヒット、深夜アニメ的演出が一般層にも浸透。
2013年 平成25年 『進撃の巨人』が世界的ブーム ── 諫山創原作のWIT STUDIO制作アニメが国内外で爆発的ヒット、日本アニメの新時代を象徴。
2006年 平成18年 『涼宮ハルヒの憂鬱』とニコニコ動画時代 ── 京都アニメーション制作。同年誕生のニコニコ動画と結びつき、深夜アニメ・オタク文化が成熟。
1997年 平成9年 『もののけ姫』が興収193億 ── 宮崎駿監督・スタジオジブリ作品が当時の日本映画歴代興収1位を記録。
1995年 平成7年 『新世紀エヴァンゲリオン』社会現象 ── 庵野秀明監督・GAINAX制作。深夜帯への影響、商業構造、ファンダム、すべてを変えた金字塔。
1988年 昭和63年 『となりのトトロ』公開 ── 宮崎駿監督・スタジオジブリ初期作品。長く愛される国民的キャラクター誕生。
1979年 昭和54年 『機動戦士ガンダム』放送開始 ── 富野由悠季監督・サンライズ制作。リアルロボット路線を切り拓きアニメ史を二分する作品に。
1974年 昭和49年 『宇宙戦艦ヤマト』放送開始 ── 西崎義展・松本零士。アニメブームの嚆矢となり再放送と劇場版で爆発的人気を獲得。
1969年 昭和44年 『サザエさん』放送開始 ── フジテレビ系で長谷川町子原作のアニメ化。世界最長放送アニメとして現在も継続。
1963年 昭和38年 『鉄腕アトム』放送開始 ── 手塚治虫・虫プロダクション制作。日本初の30分連続テレビアニメシリーズとして放送開始、すべての始まり。
アニメ・昼 『スタジオジブリ・フェスト2026』6月開幕 ── 『崖の上のポニョ』皮切りに歴代名作を順次劇場再上映、設立41周年企画
スタジオジブリ設立41周年を記念する「スタジオジブリ・フェスト2026」が6月に開幕。第1弾として2008年公開『崖の上のポニョ』を皮切りに、ジブリ歴代の名作劇場アニメを全国の映画館で順次再上映する。5/25時点で公式サイト・配給会社が予告とスケジュールを公表中。
出典: 読売新聞ヨミタイム
遡る軸: スタジオジブリの歴史 ── 1985年設立から41周年フェストへ
遡る軸: 日本アニメーション映画 興行収入と歴史
アニメ・夜 『劇場版 前橋ウィッチーズ ~魔女見習いのエモエモリーズ~』2026年秋公開決定 — 群馬県前橋市が舞台のサンライズ製TVアニメ総集編が劇場へ
2025年春に放送されたサンライズ制作のオリジナルTVアニメ『前橋ウィッチーズ』の総集編劇場版『劇場版 前橋ウィッチーズ ~魔女見習いのエモエモリーズ~』が2026年秋に公開されることが決定した。5月24日に群馬県前橋市で開催された『前橋ウィッチーズ』ライブで発表されたもので、キャラクターデザイン原案のユウイナミによる描き下ろしティザービジュアルも解禁。監督・山本ジュンイチ、シリーズ構成・吉田玲子、アニメーション制作・サンライズ。あわせて2周年記念ライブ(9/26-27 まえばしホール)、ムビチケ(7/3販売開始)、1stミニアルバムなどの展開も発表された。
出典: V-STORAGE バンダイナムコフィルムワークス
遡る軸: ご当地アニメと聖地巡礼 — 地方都市が舞台のアニメ40年史
2026年 令和8年 『劇場版 前橋ウィッチーズ』2026年秋公開決定 ── 群馬県前橋市が舞台のサンライズ製作オリジナル作品が総集編劇場版に、9月の市内ライブと連動。
2025年 令和7年 TVアニメ『前橋ウィッチーズ』放送(4-6月) ── 前橋市出身の女子高生5人が魔女見習いとして街を巡るオリジナル作品、地元市公認の聖地化が進行。
2018年 平成30年 『ゆるキャン△』第1期放送・身延町ブーム ── 山梨県身延町・南部町が舞台のキャンプ漫画原作、女子高生キャンプブームと聖地観光を牽引。
2015年 平成27年 『ガールズ&パンツァー 劇場版』25億円ヒット ── 茨城県大洗町が舞台の戦車道アニメ劇場版、震災復興と地域経済の象徴として町ぐるみで聖地化。
2012年 平成24年 『ガールズ&パンツァー』TV放送開始・大洗ブーム ── 震災翌年に大洗町とコラボした地域コラボアニメ、あんこう祭が60万人来場規模へ拡大。
2012年 平成24年 『氷菓』放送・岐阜県高山市の聖地化 ── 京都アニメーション制作、米澤穂信原作の高山市を舞台にした青春ミステリ。
2011年 平成23年 『あの花』放送・埼玉県秩父市が聖地に ── 秩父市を舞台にした青春ドラマが大ヒット、聖地巡礼の代表例として全国メディアでも取り上げられる。
2009年 平成21年 『サマーウォーズ』公開・長野県上田市 ── 細田守監督が長野県上田市の旧家を舞台に描いた家族SF、地域ロケハン型アニメの代表作。
2007年 平成19年 『らき☆すた』放送・埼玉県久喜市鷲宮神社 ── 埼玉県鷲宮神社が舞台モデル、初詣参拝客が30万人増の現象を起こし「聖地巡礼」を一般化。
1974年 昭和49年 『アルプスの少女ハイジ』ロケハン手法導入 ── 高畑勲・宮崎駿らがスイス現地ロケハンで風景を再現、ご当地アニメ的舞台再現の祖型。
1917年 大正6年 日本最初期のアニメ作品公開 ── 下川凹天・幸内純一・北山清太郎の3氏が国産アニメを公開、日本アニメ史の起点。
遡る軸: TVアニメ総集編劇場版の系譜 — シト新生から前橋ウィッチーズへ
スター・朝 aespa「2026 SYNK : aeXIS LINE - SPECIAL EDITION DOME TOUR」5/25-26 ドームツアー開催 ── K-POPガールズグループの日本拠点公演
SM Entertainment 所属の韓国4人組ガールズグループ aespa が、ワールドツアー「2026 aespa LIVE TOUR – SYNK : aeXIS LINE – in JAPAN [SPECIAL EDITION DOME TOUR]」を5月25日(月)・26日(火)に日本で開催する。2020年デビュー以降、急速に人気を拡大した次世代K-POPガールズの代表格として、東京ドーム級会場での公演実現は日本市場での地位を象徴する。
出典: TOWER RECORDS
遡る軸: aespa の歩み ── SM Entertainment 第4世代K-POPガールズ
遡る軸: K-POPガールズグループの歴史 ── BoAから第4世代まで
2026年 令和8年 aespa等第4世代が日本ドーム公演 ── aespa が日本ドームツアーを開催、IVE・LE SSERAFIM 等と共に第4世代K-POP女性が日本市場の主役に。
2024年 令和6年 NewJeans騒動・HYBE内部抗争 ── NewJeans プロデューサー ミン・ヒジン と HYBE 経営陣の対立が表面化、業界構造が揺らぐ事件に発展。
2022年 令和4年 IVE・LE SSERAFIM 第4世代台頭 ── IVE「LOVE DIVE」、LE SSERAFIM「FEARLESS」がメガヒット、第4世代の地位を確立。
2020年 令和2年 aespa・ITZY 等の新世代デビュー ── aespa(SM)・ITZY(JYP)等が相次いでデビュー、第4世代K-POP女性アイドルの幕開け。
2017年 平成29年 TWICE「TT」で第3世代女性ブーム ── TWICE「TT」が日本でも大ヒット、第3世代K-POP女性アイドルの日本ブームを牽引。
2016年 平成28年 BLACKPINKデビュー(YG) ── YG Entertainment が BLACKPINK をデビュー、後にコーチェラ・ヘッドライナーまで上り詰める存在に。
2015年 平成27年 Red Velvetデビュー ── SM Entertainment が Red Velvet をデビュー、コンセプチュアルな世界観で第3世代の独自路線を築く。
2015年 平成27年 TWICEデビュー(JYP) ── JYP のオーディション番組「SIXTEEN」を経て TWICE がデビュー、日韓台多国籍メンバー構成で人気拡大。
2009年 平成21年 KARA・少女時代 日本進出 ── KARA「ミスター」、少女時代「Genie」等で日本本格進出、第2世代K-POP女性アイドルが日本市場を席巻。
2007年 平成19年 少女時代デビュー(SM) ── SM Entertainment が9人組「少女時代」をデビュー、後の K-POP ガールズグループ黄金期の中心に。
2007年 平成19年 Wonder Girlsデビュー(JYP) ── JYP Entertainment が Wonder Girls をデビュー、「Tell Me」「Nobody」で大ヒット、第2世代の象徴に。
2004年 平成16年 BoA 紅白歌合戦出場 ── BoA が NHK 紅白歌合戦に出場、韓国人歌手として日本市場開拓の象徴的存在となる。
2000年 平成12年 BoA 韓国デビュー、日本進出戦略開始 ── SM Entertainment が BoA を13歳でデビューさせ、最初から日本市場を見据えた戦略を展開。
1997年 平成9年 S.E.S.デビュー(SM)、第1世代女性アイドル ── SM Entertainment が3人組 S.E.S. をデビュー、K-POP女性アイドル第1世代の幕開け。
スター・昼 Kis-My-Ft2「LIVE TOUR 2026 唯一無二」5/24開幕 ── STARTO体制下で初のドームツアー、デビュー15周年の節目へ
STARTO ENTERTAINMENT(旧ジャニーズ事務所)所属の7人組Kis-My-Ft2が、2026年5月24日にLIVE TOUR 2026『唯一無二』を開幕。2011年8月10日のCDデビューから15年目に近づく節目であり、新体制発足後の主要ツアーとして注目を集める。
出典: カリレルブログ(STARTO LIVE情報)
遡る軸: Kis-My-Ft2 結成からSTARTO体制までの歩み
2026年 令和8年 LIVE TOUR 2026 唯一無二 開幕 ── 5月24日、STARTO体制下で初のドームツアーが開幕。デビュー15周年を翌年に控えた節目の公演。
2024年 令和6年 STARTO ENTERTAINMENT 移籍 ── 旧ジャニーズ事務所の業務承継により、Kis-My-Ft2はSTARTO ENTERTAINMENTへ移籍。新体制下での活動開始。
2023年 令和5年 横尾渉 一般女性と結婚 ── 1月26日、リーダー横尾渉が一般女性との結婚を発表。プレバト!!俳句で永世名人達成も同年。
2013年 平成25年 舞祭組(ブサイク)結成 ── 横尾・宮田・千賀・二階堂の4人でサブユニット結成。「お前ら、ブサイクだろ?」のフレーズから派生。
2011年 平成23年 シングル「Everybody Go」でCDデビュー ── 8月10日、avex traxよりCDデビュー。当初5月発売予定だったが東日本大震災の影響で延期に。
1991年 平成3年 千賀健永 誕生 ── 3月23日生まれ。Kis-My-Ft2の最年少メンバー、アクロバット担当。
1990年 平成2年 玉森裕太 誕生 ── 3月17日生まれ。俳優としてもドラマ・映画で活躍するメインボーカル。
1990年 平成2年 二階堂高嗣 誕生 ── 8月6日生まれ。バラエティ番組で独特のキャラクターを発揮するメンバー。
1988年 昭和63年 宮田俊哉 誕生 ── 9月14日生まれ。アニメ・声優文化への造詣が深く、声優活動も行う。
1987年 昭和62年 藤ヶ谷太輔 誕生 ── 6月25日生まれ。ドラマ主演多数、グループのセンターを務める。
1986年 昭和61年 横尾渉 誕生 ── 5月16日、神奈川県生まれ。Kis-My-Ft2のリーダー、俳人としても活動。
1985年 昭和60年 北山宏光 誕生 ── 9月17日生まれ。Kis-My-Ft2の最年長メンバー、ダンスとボーカルを牽引。
2005年 平成17年 Kis-My-Ft2 結成 ── 7月26日、ジャニーズJr.内ユニットとして結成。メンバーの頭文字を組み合わせたグループ名。
遡る軸: 旧ジャニーズ事務所からSTARTO ENTERTAINMENTへの転換史
スター・夜 上野樹里40歳の誕生日 — 夫・和田唱(TRICERATOPS)とダイアナ・ロス来日公演で夫婦ショット話題
2026年5月25日、女優・上野樹里が40歳の誕生日を迎えた。前日24日には夫でTRICERATOPSのボーカル和田唱がInstagramを更新、横浜Kアリーナで開催されたダイアナ・ロス来日公演を夫婦で鑑賞した2ショットを公開。「素敵なデート」「憧れる関係性」と話題になっている。2人は2016年5月25日(樹里30歳の誕生日)に結婚を発表しており、入籍10周年の節目でもある。
出典: NewsCafe (2026-05-24)
遡る軸: 上野樹里の歩み — のだめから40歳の節目まで
遡る軸: 日本女優史 — 明治の貞奴から令和の樹里まで
占い・朝 5月25日(月) 12星座占いランキング ── 2026年通年は蟹座が1位、5月後半は射手座・蠍座が好調期
5月25日(月)の12星座占いでは、月初からの流れで射手座・蠍座が好調期に入っている。2026年通年ランキングでは蟹座が1位、獅子座が2位、蠍座が3位という結果が水晶玉子・占星術メディア各社から発表されており、月曜の運気は週の流れを決める重要な指標として注目される。
出典: Peachy(ライブドアニュース)
占い・昼 2026年は数秘術「1」の年・5/30に射手座満月 ── 5月後半は射手座・蠍座が好調期、運勢の分岐点と注目集まる
2026年は2+0+2+6=10=1で数秘術「1」の年、始まり・スタート・リセットのエネルギーが強く働く一年とされる。5/30には射手座満月を迎え、5月後半は射手座・蠍座が好調期に入る。タロット・占星術メディア各社が週間予測を発信中。
出典: ティアラの恋を叶えるタロット
遡る軸: 数秘術の歴史 ── ピタゴラスから現代スピリチュアルまで
遡る軸: 射手座と黄道十二宮の歴史 ── バビロニアから銀河系中心まで
占い・夜 2026年は一白水星が中宮に回座する九年一巡の年・5月後半は「八方塞・立ち止まりの年」 ── 東洋占術メディアで五黄土星南方位の警戒記事も相次ぐ
2026年は九星気学で一白水星が中宮(中央)に回座する年。9年に一度巡る「八方塞」の年とされ、引っ越し・転職・結婚など大きな変化を避けて根を張る年と東洋占術メディアが一斉に発信。同時に五黄土星は南方位(離宮)に位置し、情熱・才能開花と「不要な切り離し」の象徴とされる。5月後半は方位・気の見直し記事のPVが伸長中。
出典: 九星気学 八雲院
遡る軸: 九星気学・一白水星の歩み ── 2026年中宮回座と八方塞の年
2026年 令和8年 一白水星が中宮回座・9年に一度の「八方塞」年 ── 立春以降、一白水星が九宮の中央「中宮」に位置する2026年。9年に一度巡るこの配置は全方位から注目を浴びる「主役」の年であると同時に、引っ越し・転職・結婚などの大きな移動は避け、根を張る年とされる。
2025年 令和7年 前年(二黒土星中宮)の総仕上げ期 ── 2025年は二黒土星が中宮の年。一白水星にとっては中宮入り直前の準備期にあたり、占術家は「2025年中に引っ越し・結婚など大事は終わらせる」よう繰り返し発信していた。
2017年 平成29年 前回の一白水星中宮の年 ── 9年周期 ── 前回の一白水星中宮は2017年(立春から2018年立春前)。9年周期で巡るこの配置の経験者には、2026年も同様のテーマが繰り返される傾向と語られる。
2008年 平成20年 前々回の一白水星中宮の年 ── 2008年(立春以降)も一白水星中宮の年。リーマン・ショックが秋に発生、九星気学界では「中宮の年は社会全体が転機を迎える」との解釈が後から語られた。
2000年 平成12年 インターネット黎明期、九星気学の運勢サイト続々登場 ── 個人運営の占いサイトが2000年前後から続々と公開され、毎日の九星暦・方位吉凶を無料で確認できる文化が広がっていく。
1985年 昭和60年 高島易断系の開運暦が大衆向けに普及 ── 高島易断総本部などが刊行する開運暦が全国の書店で流通。九星・干支・方位の組み合わせが家庭に浸透する。
1947年 昭和22年 戦後の新暦下でも九星暦・運勢暦が継続刊行 ── 太陽暦への完全移行後も、家庭用の運勢暦・九星暦が広く出版され続け、年中行事や引っ越し方位の参考とされた。
1924年 大正13年 園田真次郎の気学が体系化・普及 ── 体系化された気学の解説書・講演活動が全国に広がり、現代日本の方位占い・九星気学の中核が形成されていく。
1908年 明治41年 園田真次郎が「気学」を体系化 ── 園田真次郎(そのだ・しんじろう)が、それまで九星術・方位術として伝承されてきた知見を「気学」として体系化。現代九星気学の祖とされる。
1872年 明治5年 明治改暦、太陽暦導入と暦学の再編 ── 太陰太陽暦から太陽暦への切替で旧暦・九星暦が一時混乱。これが後の「運勢暦」出版文化の隆盛につながると語られる。
1700年 元禄13年頃 江戸期、九星暦・方位術が庶民に普及 ── 江戸時代中期、九星と方位を組み合わせた暦が庶民に浸透。引っ越しや旅行の吉凶判断に広く用いられた。
700年 飛鳥末〜奈良期 中国から陰陽五行・九星術が日本に渡来 ── 7〜8世紀、遣隋使・遣唐使を通じて中国の陰陽五行思想と九星術が日本に伝来、後の陰陽寮の制度的基盤となる。
グルメ・朝 セブン-イレブン「感謝盛り」第1弾 5/25が最終日 ── 中華蕎麦とみ田監修「デカ豚ラーメン アブラ増」・新作スイーツも投入
5月12日からスタートしたセブン-イレブンの「感謝盛り」増量企画第1弾が5/25(月)で最終日を迎える。第1弾では「中華蕎麦とみ田監修 デカ豚ラーメン アブラ増」(680円)、「ふわっと生どら焼 つぶあん&ホイップ」(198円)など、人気商品の増量・新発売が行われた。コンビニ業界における季節キャンペーン戦略を象徴する企画となっている。
出典: Lmaga.jp
遡る軸: ラーメン店監修コンビニ商品の歴史
2026年 令和8年 中華蕎麦とみ田監修「デカ豚ラーメン アブラ増」感謝盛り ── セブン-イレブン「感謝盛り」第1弾(5/12〜5/25)で投入された目玉商品。とみ田監修の二郎系インスパイア「デカ豚ラーメン」をアブラ増量で展開、680円。コンビニチルド麺の到達点を示す商品となった。
2024年 令和6年 セブンプレミアム×ラーメン名店コラボの常設化 ── セブン&アイがチルド麺・カップ麺の名店コラボを年間ラインナップとして常設化。とみ田・蒙古タンメン中本・一風堂など複数の有名店監修商品が常時並ぶ体制が完成。
2020年 令和2年 コロナ禍中食需要で名店監修品が大ヒット ── 緊急事態宣言下で外食控えが進む中、コンビニの名店監修ラーメンが「家で本格店の味」需要を取り込み売上急増。蒙古タンメン中本・一風堂監修商品が品薄状態に。
2018年 平成30年 ローソン「鬼金棒」監修カップ麺発売 ── 東京の人気「カラシビ味噌らー麺 鬼金棒」をローソンが監修商品化。サンヨー食品製造で激辛麻辛味を再現、激辛系コンビニラーメンの代表格に成長。
2015年 平成27年 ファミリーマート×一風堂監修商品 ── 博多豚骨ラーメン「一風堂」をファミリーマートが監修商品化。チルド麺・カップ麺両展開で全国の一風堂未出店地域の顧客にもブランド体験を提供。
2012年 平成24年 セブンプレミアム×中華蕎麦とみ田 レベル向上期 ── セブンプレミアム展開拡大に伴い、とみ田監修「つけ麺」がチルド麺カテゴリの売上トップ常連に。本格つけ麺の家庭再現度が一段上がった節目。
2009年 平成21年 セブン×中華蕎麦とみ田 本格コラボ開始 ── 松戸の名店「中華蕎麦とみ田」(店主・富田治)とセブン&アイが本格的なコラボを開始。コンビニ商品が「行列店の味」を本気で目指す時代の幕開けとなった。
2003年 平成15年 「行列のできるラーメン店」コンビニ進出ブーム ── 雑誌・テレビで火がついた行列ラーメン店ブームを受け、各コンビニが有名店監修カップ麺・チルド麺を相次いで投入。日清・サンヨー食品が製造受託で対応。
2000年 平成12年 セブン-イレブン「金のごちそう」シリーズ展開 ── セブン-イレブンがプレミアム志向のPB「金のごちそう」を展開、ラーメン・うどん等の高品質チルド麺を本格化。後のセブンプレミアム(2007年)の原型となる。
1995年 平成7年 コンビニ即席麺のレベル向上期 ── コンビニ各社がカップ麺の差別化のため独自規格(大盛・具材強化・スープ濃厚化)を展開。日清「行列のできる店のラーメン」シリーズが先鞭をつけた時期。
1990年 平成2年 コンビニカップ麺が地域名店風商品を展開 ── コンビニ専売カップ麺の競争激化により、各地域の人気ラーメン店を彷彿とさせる商品(豚骨・味噌・醤油の地域色)が並ぶように。本格コラボ前夜の時代。
1974年 昭和49年 セブン-イレブン豊洲店1号店オープン ── 日本初のセブン-イレブン豊洲店が東京都江東区にオープン。米サウスランド社からのライセンス導入でイトーヨーカ堂が展開、後のラーメン名店コラボ文化の母体となる。
グルメ・昼 横浜・JR鴨居駅近くにラーメンスタンド新店オープン ── 立ち食い・短時間滞在の「ラーメンスタンド」業態が首都圏で拡大、令和の人手不足×客単価重視を象徴
横浜市内、JR横浜線・鴨居駅近くに「ラーメンスタンド」業態の新店が2026年5月21日(木)にオープン。立ち食い・短時間滞在・回転重視という、横浜家系や町中華とは差別化された外食モデルが首都圏で広がっており、一蘭・一風堂以来の「集中して食べる」コンセプトの令和進化系として注目される。
出典: 食べログ(横浜市)
遡る軸: ラーメンスタンド業態史 ── 立ち食いラーメン文化の系譜
2026年 令和8年 鴨居駅前ラーメンスタンド開業 ── 横浜市・JR鴨居駅近くに立ち食い特化の新店が5/21オープン。人手不足×回転重視の令和型業態として首都圏で広がる。
2023年 令和5年 町中華ブーム再燃 ── コロナ後、昔ながらの安価な町中華が再評価され、ラーメン業態の多様化が加速。
2017年 平成29年 ラーメン二郎 全国45店規模に ── 1968年三田創業の二郎系が「乳化スープ・大量野菜・短時間提供」の文化を全国へ拡大。
2015年 平成27年 山岸一雄 没 ── つけ麺の元祖・東池袋大勝軒の創業者が逝去。立ち食い文化と「分け麺」発想の継承点。
2007年 平成19年 東池袋大勝軒 一時閉店 ── つけ麺発祥の名店が再開発で閉店、翌2008年に移転再開。短時間×濃厚スープの系譜を残す。
1994年 平成6年 新横浜ラーメン博物館 開館 ── 全国のご当地ラーメンを集めた「ラーメンテーマパーク」が横浜に誕生し、立ち食い文化を体系化。
1985年 昭和60年 博多一風堂 創業 ── 福岡で一風堂が開業、後にカウンター集中型を国際展開しラーメンを世界食化。
1971年 昭和46年 カップヌードル 発売 ── 日清がカップ型即席麺を発売。「立ったまま食べる」文化を家庭・路上に普及。
1968年 昭和43年 ラーメン二郎 三田で創業 ── 山田拓美が三田で創業。短時間で大量に食べる「ジロリアン」文化の起点。
1960年 昭和35年 一蘭 創業 ── 福岡で創業、後に「味集中カウンター」で一人客×短時間滞在モデルを完成。
1958年 昭和33年 チキンラーメン 発売 ── 安藤百福が即席麺を発明。お湯だけで食べられる超短時間調理の起点。
1948年 昭和23年 日清食品 設立 ── 安藤百福が大阪で設立。後の即席麺・カップ麺で「立ち食いラーメン」を一般化。
1910年 明治43年 浅草・来々軒 創業 ── 東京・浅草に来々軒開業。日本式ラーメンの原型「支那そば」を大衆食化、屋台・立ち食いの源流。
遡る軸: 横浜ラーメンの歴史 ── 開港・中華街・家系ラーメン発祥史
2026年 令和8年 鴨居駅前ラーメンスタンド開業 ── 横浜の新業態として「立ち食い特化」型が登場、家系・サンマーメンに続く新潮流に。
2022年 令和4年 吉村家 横浜駅西口へ移転 ── 家系総本山が南幸エリアへ移転、家系ブランドの中心点として再構築。
2017年 平成29年 サンマーメン 100年フード認定の流れ ── 横浜発祥のサンマーメンが文化庁「100年フード」として再注目、横浜麺文化が体系化。
1994年 平成6年 新横浜ラーメン博物館 開館 ── 新横浜駅前に開館、戦後昭和の街並み再現で全国ラーメン文化を集約。
1974年 昭和49年 吉村家 創業 ── 家系ラーメン誕生 ── 吉村実が横浜・新杉田で開業、豚骨醤油+鶏油+太麺の「家系」が誕生し全国へ波及。
1955年 昭和30年 タンメン 横浜で広がる ── 横浜発祥とされる塩味野菜麺・タンメンが関東で普及。中華街・町中華の系譜。
1947年 昭和22年 サンマーメン 戦後横浜で定着 ── 中華街発の餡かけ細麺・サンマーメンが横浜のソウルフード化。
1923年 大正12年 関東大震災で中華街壊滅 ── 横浜中華街が壊滅的被害を受けつつ、戦後に再興しラーメン文化の母体となる。
1910年 明治43年 浅草・来々軒 創業 ── 日本式ラーメンの原型 ── 東京・浅草で日本式ラーメンが誕生、横浜中華街の中国料理人技法が流入。
1899年 明治32年 横浜中華街で中国料理店集積 ── 関内・南京町(現・中華街)に中国料理店が集積、中華麺と豚骨スープの土壌が形成。
1866年 慶応2年 横浜中華街(南京町)成立 ── 開港後、外国人居留地に中国系商人が移住、後の「中華街」と日本ラーメンの母体に。
1859年 安政6年 横浜港 開港 ── 日米修好通商条約により横浜が開港、中国料理人が来日し中華麺文化が日本に流入する起点。
グルメ・夜 日清「どん兵衛 鰹だしの極みうどん/そば」5/25 全国発売 — 発売50周年、だしに3倍コストの"具なし"新商品
日清食品は2026年5月25日、即席麺「日清のどん兵衛」発売50周年を記念した新商品「鰹だしの極みうどん」「鰹だしの極みそば」を全国で発売。通常品の3倍以上のコストを"だし"に投じ、本枯節由来の粉末鰹だし・液体鰹だし・追い鰹節を重ねた"具なし"の一杯。希望小売価格248円(税別)。
出典: 日清食品グループ ニュースリリース
遡る軸: 日清のどん兵衛と関西出汁文化の50年
遡る軸: 日清食品と即席麺産業の歴史
アニマル・朝 安佐動物公園 5/28「世界カワウソの日」にちなみカワウソ企画開催へ ── 広島市営動物園・絶滅危惧種飼育で全国的に注目
広島市・安佐動物公園が5月28日「世界カワウソの日(World Otter Day)」にちなみ、カワウソに関する企画イベントを開催する。コツメカワウソ・ユーラシアカワウソなど絶滅危惧種の飼育・繁殖に取り組む同園は、1971年開園の地方都市動物園として、地域のいきもの教育の拠点として親しまれている。
出典: 安佐動物公園 公式サイト
遡る軸: 安佐動物公園と広島地方動物園史
2026年 令和8年 世界カワウソの日 5/28 カワウソ企画 ── 広島市安佐動物公園がコツメカワウソ・ユーラシアカワウソに焦点を当てた特別解説イベントを開催。地方動物園の保全教育機能をアピール。
2020年 令和2年 コロナ禍で入園制限 ── 新型コロナウイルス感染拡大に伴い、安佐動物公園も臨時休園・入園者数制限を実施。動物園のあり方が再考される契機に。
2015年 平成27年 アジアゾウの飼育継続 ── 安佐動物公園のアジアゾウ展示は地域住民に親しまれ、絶滅危惧種としての保全意識向上に寄与。
2010年 平成22年 ジャイアントパンダ展示なし方針 ── 中国レンタル料の高額化を背景に、安佐動物公園はパンダ展示に頼らず地域固有種・希少種飼育に注力する方針を堅持。
1995年 平成7年 オランウータン繁殖の取り組み ── 安佐動物公園はオランウータンほか類人猿の飼育・繁殖プログラムに参画。種の保存に貢献。
1985年 昭和60年 サファリ式展示の整備進む ── 1970-80年代は全国でサファリパーク方式が広まり、安佐動物公園も広い放飼場展示を強化。
1980年 昭和55年 広島市が政令指定都市に ── 広島市の政令指定都市移行に伴い、市営動物園としての安佐動物公園の文化施設的役割も拡大。
1971年 昭和46年 安佐動物公園 開園 ── 広島市安佐動物公園が全国62番目の動物園として9月1日に開園。広島市北部・安佐北区の丘陵地に建設。
1954年 昭和29年 動物園の戦後再建が全国で進行 ── 上野動物園・天王寺動物園など戦災で被災した動物園の復興が進む中、地方都市でも動物園構想が議論される。
1945年 昭和20年 広島原爆で市内が壊滅 ── 8月6日の原子爆弾投下により広島市内の公園・動物展示施設も壊滅。戦後復興の長い道のりが始まる。
遡る軸: カワウソと日本の保全飼育史
アニマル・昼 日本からパンダ不在 約半世紀ぶり ── 上野・シャオシャオ&レイレイ1月返還、和歌山も返還完了で「見られない時代」へ
2026年1月27日、上野動物園の双子ジャイアントパンダ「シャオシャオ」「レイレイ」が中国へ返還され、1972年カンカン・ランラン来日以来約54年続いた「日本でパンダが見られる時代」が終了。和歌山アドベンチャーワールドも2025年に4頭返還を完了しており、5月25日現在も今後の協議が続報されている。
出典: Yahoo!ニュース(読売テレビ)
遡る軸: 上野動物園 ジャイアントパンダ史
2026年 令和8年 シャオシャオ・レイレイ中国返還 ── 1月27日、双子パンダが四川へ。日本の動物園からパンダが完全消失。
2023年 令和5年 シャンシャン中国返還 ── 2月、5度の延期を経て四川省へ。雅安ジャイアントパンダ研究センターへ。
2021年 令和3年 シャオシャオ・レイレイ誕生 ── 6月、リーリー&シンシン夫妻の双子として上野で誕生。日本初の双子成育。
2017年 平成29年 シャンシャン誕生 ── 6月12日、上野で29年ぶりの赤ちゃんパンダ誕生。観覧抽選倍率は最大144倍。
2011年 平成23年 リーリー&シンシン来日 ── 2月、東日本大震災直前に来園。「お見合い」で対日関係修復の象徴に。
2008年 平成20年 リンリン死去 ── 一時不在 ── 4月、雄リンリンが22歳で死去。上野からパンダが3年間消える。
2000年 平成12年 トントン死去 ── 7月、日本初の繁殖成功個体トントンが14歳で死去。剥製は科博に展示。
1986年 昭和61年 トントン誕生 ── 6月1日、フェイフェイ&ホアンホアンから日本初の繁殖成功。国民的ブームに。
1982年 昭和57年 フェイフェイ来日 ── 雄フェイフェイがランラン後継として来園。後にホアンホアンと繁殖成功へ。
1980年 昭和55年 ホアンホアン来日 ── 雌のホアンホアンが新たに上野へ。繁殖を期待された世代交代の始まり。
1979年 昭和54年 ランラン死去 ── 9月、妊娠中だった雌ランランが死去。日本中が涙に暮れる。
1972年 昭和47年 カンカン・ランラン来日 ── 10月28日、日中国交正常化記念として中国から贈呈。上野は連日2時間待ちの大行列。
遡る軸: 中国のパンダ外交史
2026年 令和8年 日本不在で迎える節目 ── 上野・和歌山ともに返還完了。日中協議で次世代パンダ来日を模索中。
2025年 令和7年 アドベンチャーワールド4頭返還 ── 6月、白浜の永明・良浜・桜浜・桃浜が中国帰国。日本支部30年の歴史に区切り。
2024年 令和6年 神戸・旦旦死去 ── 3月31日、国内最高齢28歳の旦旦が死去。日本のパンダは上野3頭のみに。
2022年 令和4年 台北・團團死去 ── 11月、2008年寄贈の雄パンダ團團が18歳で死去。台湾政治の象徴的存在だった。
2011年 平成23年 リーリー&シンシン来日(東日本大震災直前) ── 2月、日中関係修復の象徴として上野へ。震災後の癒やしとして注目を集める。
2008年 平成20年 台湾へ團團・圓圓寄贈 ── 12月、馬英九政権下で中国大陸から台北へ。「團圓=再統一」の名が政治問題に。
2008年 平成20年 四川大地震 ── 臥龍基地壊滅 ── 5月、震源地直近の臥龍ジャイアントパンダ繁殖基地が崩壊。世界中から支援。
1984年 昭和59年 贈与から「貸与」へ方針転換 ── 中国がパンダ無償贈与を停止、10年単位レンタル方式に。年間100万ドルが標準。
1978年 昭和53年 日中平和友好条約締結 ── 8月、北京で園田直外相と黄華外相が調印。パンダ追加交流の素地となる。
1972年 昭和47年 日中共同声明 → 上野へカンカン・ランラン ── 9月29日、田中角栄と周恩来が国交正常化に署名。記念贈呈で日本初パンダ来日。
1972年 昭和47年 米国へリンリン・シンシン贈呈 ── 4月、ニクソン訪中後にワシントン国立動物園へ。米中パンダ外交の幕開け。
1972年 昭和47年 ニクソン訪中・上海コミュニケ ── 2月21日、米大統領初の中華人民共和国訪問。「ピンポン外交」「パンダ外交」が一気に進展。
1957年 昭和32年 ソ連へ平平贈呈 ── 社会主義陣営強化の象徴としてモスクワ動物園へ。冷戦下のパンダ外交本格化。
1941年 昭和16年 蔣介石夫妻が米国へ贈呈(中華民国時代) ── 宋美齢が抗日戦争支援への謝意としてブロンクス動物園へ寄贈。近代パンダ外交の起点。
アニマル・夜 ニフレル ミニカバ「モトモト」が5月25日閉館後に帰還 上野で2頭繁殖成功
生きているミュージアム「ニフレル」(大阪・吹田市)のミニカバ「モトモト」が、2026年5月25日(月)の閉館後、約3年ぶりにニフレルに帰ってくる。2013年7月9日にチリ・ブイン動物園で誕生し、2015年11月にニフレル開業直前にやってきたモトモトは、2023年3月19日に恩賜上野動物園へ繁殖目的でお引越し、2頭の子の繁殖に成功した。当初の3年契約を満了し、満を持しての帰還となる。コビトカバは西アフリカ原産の絶滅危惧IB類、世界三大珍獣のひとつで、日本国内でも飼育園館は限られる。
出典: ニフレル公式
遡る軸: 生きているミュージアム ニフレルとエキスポシティの歴史
2026年 令和8年 ミニカバ「モトモト」ニフレル帰還(5/25) ── 2023年に上野動物園へ繁殖目的で移ったモトモトが2頭の子の繁殖を達成、3年契約を終え夕方の閉館後にニフレルへ帰ってくる。
2026年 令和8年 ミニカバ「ネムネム」沖縄こどもの国へ ── 3月30日閉館後、ニフレルから沖縄こどもの国へお引越し。希少種の繁殖計画を国内園館連携で進める。
2023年 令和5年 モトモト 上野動物園へ繁殖目的でお引越し ── 3月19日、ブリーディングローン(繁殖貸出)で恩賜上野動物園へ。希少種の血統管理を園館協力で行う日本動物園水族館協会の枠組み。
2016年 平成28年 ニフレル来館者100万人・200万人を相次ぎ達成 ── 開業から半年で100万人、1年弱で200万人を突破。都市型博物館の新形態として評価が定着。
2015年 平成27年 NIFREL グランドオープン(11/19) ── 海遊館初プロデュース、水族館×動物園×美術館の融合施設。「感性にふれる」をコンセプトに千里万博公園のEXPOCITY内に開業。
2015年 平成27年 EXPOCITY 開業・万博跡地の再開発 ── 三井不動産がエキスポランド跡地に大型複合商業施設をオープン。OSAKA WHEEL(日本最大の観覧車)など娯楽施設を集積。
2009年 平成21年 エキスポランド閉園・跡地再開発計画始動 ── 万博跡地の遊園地が経営難で閉園。三井不動産による再開発が動き出す。
1990年 平成2年 海遊館 開業(大阪・天保山) ── 世界最大級「太平洋」水槽を擁し関西の水族館人気を牽引。後のニフレル展示プロデュースの礎に。
1972年 昭和47年 エキスポランド開園・万博跡地の活用 ── 大阪万博終了後の跡地利用として遊園地が開園。家族レジャーの一大拠点に。
1970年 昭和45年 日本万国博覧会(大阪万博)開催 ── 千里丘陵で開催、6,400万人を動員。閉幕後の跡地は万博記念公園として整備され、現在のEXPOCITY立地の原点。
1882年 明治15年 上野動物園 観魚室(うをのぞき)設置・日本の博物展示の原点 ── 農商務省所管の博物館付属施設として開園した日本最初の動物園に淡水魚展示が併設。明治の博覧会文化が現代の「生きているミュージアム」の系譜の源流。
遡る軸: 日本のカバ・コビトカバ飼育史
ホビー・朝 DMMホビー通販 ガンプラ&バンダイプラモデル69タイトル抽選販売 5/25 15:00 締切 ── MGジムコマンド・MGSDウイングガンダムゼロEWなど注目キット
5月19日(火)15:00から DMMホビー通販で開始されたガンプラ&バンダイプラモデル69タイトルの抽選販売が、5月25日(月)15時に締切を迎える。MG ジムコマンド(コロニー戦仕様)、MGSD ウイングガンダムゼロEW、HG ガンダムダブルエックス[クリアカラー](5/23発売済み)など、入手困難な人気プラモデルが対象。ガンプラ転売対策として定価販売の抽選方式が定着している現状を象徴する。
出典: リーチャのガンプラ再販情報
遡る軸: ガンプラ抽選販売・転売対策の歴史
遡る軸: DMMの歩み ── 動画配信からホビー総合通販へ
ホビー・昼 ポケモンカード新拡張パック『アビスアイ』5/22発売 ── メガダークライ・メガシャンデラ・メガドリュウズ等、新メガシンカ収録で店頭品薄続出
株式会社ポケモン/クリーチャーズが2026年5月22日に発売した『ポケモンカードゲーム』スカーレット&バイオレット系列の新拡張パック『アビスアイ』が、メガダークライをパッケージにメガシャンデラ等の新メガシンカ収録で品薄継続。25日時点でSNSでは転売対策の話題が広がる。
出典: ポケカチ(Altema)
遡る軸: ポケモンカードゲームの歴史
遡る軸: 日本のトレーディングカードゲーム史
2026年 令和8年 ポケカ『アビスアイ』が市場を牽引 ── 新メガシンカ収録の話題性で店頭品薄、ワンピカードと並びTCG市場の中心軸に
2022年 令和4年 ワンピースカードゲーム発売 ── バンダイが7月発売、初動で全国品切れ、ポケカ・遊戯王に並ぶ第三勢力に
2011年 平成23年 カードファイト!! ヴァンガード発売 ── ブシロードがアニメ連動型TCGとして発売、メディアミックス戦略で若年層を取込
2008年 平成20年 ヴァイスシュヴァルツ発売 ── ブシロードがアニメ・ゲーム横断のヴァイスシュヴァルツを投入
2008年 平成20年 バトルスピリッツ発売 ── バンダイのカードダス20周年記念TCG、コア(おはじき)をリソースとする独自設計
2007年 平成19年 ブシロード設立 ── 元ブロッコリーの木谷高明が設立、後にTCG業界の主要プレイヤーに
2002年 平成14年 デュエル・マスターズ発売 ── タカラ(現タカラトミー)とウィザーズが共同開発、コロコロコミック連動で小学生層を獲得
1999年 平成11年 遊☆戯☆王OCG発売 ── コナミの遊戯王OCGが原作漫画連動で社会現象化、後にギネス世界一販売数を記録
1996年 平成8年 ポケモンカードゲーム発売 ── クリーチャーズによる国産TCG、本編ポケモン人気を背景に爆発的拡大
1995年 平成7年 クリーチャーズ設立 ── 田尻智らポケモン関係者が設立、翌年ポケモンカードゲームを世に出す
1993年 平成5年 マジック:ザ・ギャザリング誕生(日本上陸前夜) ── ウィザーズ・オブ・ザ・コーストが米国で発売、TCGというジャンル自体を発明、日本TCG史の原点
ホビー・夜 KATO「SBB RAe Ⅱ ゴッタルド 6両セット」5/19発売 — Nゲージで蘇る欧州TEE
KATO(関水金属)が海外型Nゲージとして「SBB RAe Ⅱ "Gottardo" 6両セット」を2026年5月19日に発売(当初6月予定から前倒し)。1961年スイス国鉄が4電源対応で投入した伝説のTEE車両を、振り子なしオリジナル6両編成で再現。Nゲージ国産化60年を超えたKATOの海外モデル路線と、ヨーロッパ国際特急の黄金時代を、机上で味わえる。
出典: KATO 鉄道模型ホームページ
遡る軸: KATO(関水金属)とNゲージ国産化の歴史
遡る軸: トランス・ヨーロッパ・エクスプレス(TEE)と欧州国際特急の歴史
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